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第二十三話 命じなくても、生まれるもの
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第二十三話 命じなくても、生まれるもの
その変化に、
ティモテ・ユニリーバ自身が
すぐに気づいたわけではなかった。
最初は、ほんの些細な違和感。
朝、廊下ですれ違うとき。
食堂で声をかけられるとき。
庭で作業する姿を見かけたとき。
――視線が、柔らかい。
以前のそれは、
「見られている」視線だった。
失礼がないか。
不備がないか。
叱責されないか。
だが今は、違う。
(……見守られている?)
そんな感覚すらあった。
ある日、
ティモテはひとりで庭を歩いていた。
特に用事はない。
ただ、気分転換。
すると、
向こうから数人の使用人がやって来る。
慌てて整列し、
深く頭を下げる――
かと思いきや。
「おはようございます、お嬢様」
自然な声。
過剰な緊張も、
形式ばった態度もない。
「おはよう」
ティモテも、
同じ調子で返す。
それだけで、
会話は終わる。
――それが、心地いい。
(……いつからでしょう)
(こんな空気に、なったのは)
答えは、
おそらく――最初から。
自分が、
「管理する主」をやめたとき。
仕事を割り振らず。
叱責せず。
成果を求めず。
ただ、
一緒に食べて、
一緒に笑って、
一緒に楽しんだ。
それだけ。
だが、それが――
想像以上の変化を生んでいた。
夕方。
ティモテがテラスで
お茶を飲んでいると、
料理人が近づいてくる。
「お嬢様」
「なにか?」
「明日の食事ですが……
もしご希望があればと」
押しつけるでもなく、
遠慮しすぎるでもない。
「……そうですわね」
少し考えてから、
穏やかに答える。
「軽めで、外でも食べられるものがいいですわ」
「かしこまりました」
即答。
だがそこに、
“命令されたから”という色はない。
(……違いますわね)
(これは)
ティモテは、
はっきりと理解する。
彼らは、
自分のために動いている。
命じられたからではなく。
評価が欲しいからでもなく。
――喜んでほしいから。
それは、
王太子妃候補だった頃には
決して得られなかったものだった。
夜。
部屋に戻り、
ひとりで椅子に腰掛ける。
「……忠誠、ですわね」
貴族社会では、
よく使われる言葉。
だが、
力で縛るものではない。
恐れで生まれるものでもない。
「……自然に、ですの」
思わず、
小さく笑う。
働かせていない。
締めつけてもいない。
むしろ――
遊んでいるだけ。
それなのに、
屋敷は整い、
空気は和らぎ、
人は自ら動いている。
(皮肉ですわ)
(でも……悪くない)
むしろ、
とてもいい。
「……これでいいのですね」
誰に言うでもなく、
そう呟く。
この屋敷では、
もう号令は必要ない。
主が笑っていれば、
それで十分。
ティモテ・ユニリーバは、
その事実を、
静かに受け入れた。
それは、
支配ではなく、信頼によって結ばれた関係。
彼女が選んだ
「働かない人生」が、
確かに正しかったと証明される――
小さくて、
だが確かな瞬間だった。
その変化に、
ティモテ・ユニリーバ自身が
すぐに気づいたわけではなかった。
最初は、ほんの些細な違和感。
朝、廊下ですれ違うとき。
食堂で声をかけられるとき。
庭で作業する姿を見かけたとき。
――視線が、柔らかい。
以前のそれは、
「見られている」視線だった。
失礼がないか。
不備がないか。
叱責されないか。
だが今は、違う。
(……見守られている?)
そんな感覚すらあった。
ある日、
ティモテはひとりで庭を歩いていた。
特に用事はない。
ただ、気分転換。
すると、
向こうから数人の使用人がやって来る。
慌てて整列し、
深く頭を下げる――
かと思いきや。
「おはようございます、お嬢様」
自然な声。
過剰な緊張も、
形式ばった態度もない。
「おはよう」
ティモテも、
同じ調子で返す。
それだけで、
会話は終わる。
――それが、心地いい。
(……いつからでしょう)
(こんな空気に、なったのは)
答えは、
おそらく――最初から。
自分が、
「管理する主」をやめたとき。
仕事を割り振らず。
叱責せず。
成果を求めず。
ただ、
一緒に食べて、
一緒に笑って、
一緒に楽しんだ。
それだけ。
だが、それが――
想像以上の変化を生んでいた。
夕方。
ティモテがテラスで
お茶を飲んでいると、
料理人が近づいてくる。
「お嬢様」
「なにか?」
「明日の食事ですが……
もしご希望があればと」
押しつけるでもなく、
遠慮しすぎるでもない。
「……そうですわね」
少し考えてから、
穏やかに答える。
「軽めで、外でも食べられるものがいいですわ」
「かしこまりました」
即答。
だがそこに、
“命令されたから”という色はない。
(……違いますわね)
(これは)
ティモテは、
はっきりと理解する。
彼らは、
自分のために動いている。
命じられたからではなく。
評価が欲しいからでもなく。
――喜んでほしいから。
それは、
王太子妃候補だった頃には
決して得られなかったものだった。
夜。
部屋に戻り、
ひとりで椅子に腰掛ける。
「……忠誠、ですわね」
貴族社会では、
よく使われる言葉。
だが、
力で縛るものではない。
恐れで生まれるものでもない。
「……自然に、ですの」
思わず、
小さく笑う。
働かせていない。
締めつけてもいない。
むしろ――
遊んでいるだけ。
それなのに、
屋敷は整い、
空気は和らぎ、
人は自ら動いている。
(皮肉ですわ)
(でも……悪くない)
むしろ、
とてもいい。
「……これでいいのですね」
誰に言うでもなく、
そう呟く。
この屋敷では、
もう号令は必要ない。
主が笑っていれば、
それで十分。
ティモテ・ユニリーバは、
その事実を、
静かに受け入れた。
それは、
支配ではなく、信頼によって結ばれた関係。
彼女が選んだ
「働かない人生」が、
確かに正しかったと証明される――
小さくて、
だが確かな瞬間だった。
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