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第二十六話 悪い人では、ないのだけれど
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第二十六話 悪い人では、ないのだけれど
王都。
執務室には、
重たい沈黙が落ちていた。
机の上に積まれた書類。
未処理の案件。
決裁を待つ嘆願書。
それらの中心に座っているのが、
エリーゼ・レッケル伯爵令嬢――
新たな王太子妃候補である。
「……あの」
控えめな声で、
側近の一人が声をかける。
「こちらの件ですが、
判断を仰ぎたく……」
エリーゼは、
書類を手に取り、
一枚、また一枚と目を通す。
眉が、
わずかに寄る。
「ええと……」
言葉が、続かない。
決して、理解できないわけではない。
内容は、読めている。
だが――
決められない。
「これは……
もう少し詳しい説明が必要では?」
側近は、
一瞬、言葉に詰まる。
「こちらに、すでに要点はまとめてあります」
「で、でも……
何か見落としがあるかもしれませんわ」
不安そうな表情。
それは、
怠慢でも、無責任でもない。
むしろ――
真面目すぎる。
(……これは)
側近は、内心で息を吐いた。
エリーゼ・レッケルは、
悪人ではない。
誰かを蹴落とそうともしない。
権力を振りかざすこともない。
人当たりも、決して悪くない。
だが。
(公務向きでは、ない)
決断が遅い。
判断を他人に委ねがち。
責任を背負う覚悟が、薄い。
「では……
こちらはどうなさいますか?」
別の案件が差し出される。
エリーゼは、
一度書類を見てから、
王太子の方へ視線を向けた。
「殿下……
こちらは、どう思われます?」
アビュース・オブ・パワー王太子は、
一瞬、言葉を失った。
(……また、か)
かつて。
ティモテ・ユニリーバは、
こういう場面で
一切、視線を寄こさなかった。
自分で読み、
自分で判断し、
自分で決めていた。
――それも、
王太子の分まで。
だが、
今ここにいるエリーゼは違う。
「ええと……」
アビュースは、
無意識のうちに
書類へと手を伸ばしていた。
(……結局)
(私が、決めるのか?)
胸の奥に、
小さな苛立ちが芽生える。
エリーゼは、
その様子に気づかず、
ほっとしたように微笑んだ。
「やはり、殿下は頼りになりますわ」
その言葉に、
アビュースは一瞬だけ
言葉を失う。
(……違う)
(そういう意味では、ない)
だが、
今さら言えるはずもなかった。
その日の午後。
執務は、
ほとんど進まなかった。
案件は積み上がり、
側近たちの表情は
目に見えて硬くなる。
誰も、
エリーゼを責めない。
責められない。
なぜなら――
彼女は、本当に一生懸命だからだ。
だが。
「……これは、困りましたね」
小声で、
誰かが呟く。
「ええ……」
別の誰かが、
静かに同意する。
(ティモテ様なら……)
その名前は、
誰も口に出さなかった。
だが、
全員の頭に浮かんでいた。
夕方。
執務室を出たアビュースは、
廊下で立ち止まる。
(……悪い人では、ない)
それは、
間違いない。
だが。
(王太子妃として、
この仕事量を……?)
胸の奥に、
嫌な予感が広がる。
アビュース・オブ・パワー王太子は、
まだ気づいていなかった。
――自分が切り捨てた存在が、
どれほど異常なまでに
“有能”だったのかを。
王都。
執務室には、
重たい沈黙が落ちていた。
机の上に積まれた書類。
未処理の案件。
決裁を待つ嘆願書。
それらの中心に座っているのが、
エリーゼ・レッケル伯爵令嬢――
新たな王太子妃候補である。
「……あの」
控えめな声で、
側近の一人が声をかける。
「こちらの件ですが、
判断を仰ぎたく……」
エリーゼは、
書類を手に取り、
一枚、また一枚と目を通す。
眉が、
わずかに寄る。
「ええと……」
言葉が、続かない。
決して、理解できないわけではない。
内容は、読めている。
だが――
決められない。
「これは……
もう少し詳しい説明が必要では?」
側近は、
一瞬、言葉に詰まる。
「こちらに、すでに要点はまとめてあります」
「で、でも……
何か見落としがあるかもしれませんわ」
不安そうな表情。
それは、
怠慢でも、無責任でもない。
むしろ――
真面目すぎる。
(……これは)
側近は、内心で息を吐いた。
エリーゼ・レッケルは、
悪人ではない。
誰かを蹴落とそうともしない。
権力を振りかざすこともない。
人当たりも、決して悪くない。
だが。
(公務向きでは、ない)
決断が遅い。
判断を他人に委ねがち。
責任を背負う覚悟が、薄い。
「では……
こちらはどうなさいますか?」
別の案件が差し出される。
エリーゼは、
一度書類を見てから、
王太子の方へ視線を向けた。
「殿下……
こちらは、どう思われます?」
アビュース・オブ・パワー王太子は、
一瞬、言葉を失った。
(……また、か)
かつて。
ティモテ・ユニリーバは、
こういう場面で
一切、視線を寄こさなかった。
自分で読み、
自分で判断し、
自分で決めていた。
――それも、
王太子の分まで。
だが、
今ここにいるエリーゼは違う。
「ええと……」
アビュースは、
無意識のうちに
書類へと手を伸ばしていた。
(……結局)
(私が、決めるのか?)
胸の奥に、
小さな苛立ちが芽生える。
エリーゼは、
その様子に気づかず、
ほっとしたように微笑んだ。
「やはり、殿下は頼りになりますわ」
その言葉に、
アビュースは一瞬だけ
言葉を失う。
(……違う)
(そういう意味では、ない)
だが、
今さら言えるはずもなかった。
その日の午後。
執務は、
ほとんど進まなかった。
案件は積み上がり、
側近たちの表情は
目に見えて硬くなる。
誰も、
エリーゼを責めない。
責められない。
なぜなら――
彼女は、本当に一生懸命だからだ。
だが。
「……これは、困りましたね」
小声で、
誰かが呟く。
「ええ……」
別の誰かが、
静かに同意する。
(ティモテ様なら……)
その名前は、
誰も口に出さなかった。
だが、
全員の頭に浮かんでいた。
夕方。
執務室を出たアビュースは、
廊下で立ち止まる。
(……悪い人では、ない)
それは、
間違いない。
だが。
(王太子妃として、
この仕事量を……?)
胸の奥に、
嫌な予感が広がる。
アビュース・オブ・パワー王太子は、
まだ気づいていなかった。
――自分が切り捨てた存在が、
どれほど異常なまでに
“有能”だったのかを。
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