『婚約破棄されたので、せっかくの異世界を観光と遊びで満喫します!』

鷹 綾

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第三十五話 昼寝と、甘い時間

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第三十五話 昼寝と、甘い時間

昼下がりのユニリーバ公爵邸は、
柔らかな静けさに包まれていた。

午前中は鷹狩の訓練。
マーリンを腕に乗せ、草原を渡り、風と速さを楽しんだあと、
ティモテ・ユニリーバはようやく一息つく時間を迎えていた。

「……少し、休みましょうか」

回廊に面した長椅子に身を預け、
背もたれに体を預ける。

これは怠けではない。
計画された休息だ。

優雅とは、
ただ何もしないことではない。
動くべきときに動き、
休むべきときに、堂々と休むこと。

木陰を渡る風が、
薄手のカーテンを静かに揺らす。
噴水の水音が、一定のリズムで耳に届く。

ティモテは目を閉じた。

王都にいた頃、
昼寝などという選択肢は存在しなかった。

昼は会議。
午後は決裁。
夕刻には急ぎの報告。

疲れていても、
止まれば叱責が飛んだ。

「……今思えば、
あれは優雅どころか、
ただの消耗でしたわね」

そう心の中で呟き、
彼女は自然と眠りに落ちた。

浅く、穏やかな眠り。
書類も、怒声も、
責任を押し付ける視線も、
夢の中には現れない。

三十分ほどして、
ティモテはゆっくりと目を開けた。

「……よく眠れましたわ」

身体が軽い。
頭もすっきりしている。

侍女が控えめに声をかけた。

「この後のご予定はいかがなさいますか」

ティモテは少し考え、
ふと、思いついたように微笑んだ。

「たまには、自分でお茶菓子を作ってみましょう」

侍女は一瞬、驚いた表情を見せたが、
すぐに頭を下げる。

「承知いたしました。厨房を整えます」

ほどなくして、
厨房には材料が揃えられた。

小麦粉、砂糖、卵、バター。
どれも上質だが、
今日は格式も評価も関係ない。

ティモテは袖を留め、
ゆっくりと作業を始める。

「分量は……このくらいで」

誰に見せるでもない。
失敗しても問題ない。

生地を混ぜ、
木の台で伸ばし、
型を抜いていく。

星型、花型、
少し歪んだものも混じる。

「……ふふ、不揃いですわね」

それでも、
並べてみると悪くない。

天板を窯に入れ、
焼き上がりを待つ間、
厨房に甘い香りが広がっていく。

「……いい香り」

やがて、
こんがりと焼き色のついたクッキーが姿を現した。

「……上手に焼けました」

ティモテは一枚手に取り、
少しだけかじる。

「甘すぎず、ちょうどいいですわ」

満足そうに頷き、
ふと考える。

「たくさん作って……
子供たちに配ろうかしら」

侍女が目を見開く。

「領内の、ですか」

「ええ。
屋敷の使用人の子供たちにも、
町の子たちにも」

自分のために焼いたものを、
誰かと分け合う。

それもまた、
今の自分だからできることだった。

紅茶を淹れ、
焼きたてのクッキーを皿に盛る。

「まずは、
味見という名目で、
少しだけいただきましょう」

そう言って、
ティモテはゆっくりとお茶を楽しんだ。

王都では、
同じ時間帯、
執務室に緊張が張りつめ、
誰も休めずにいた。

一方、ここでは。

昼寝をし、
鷹と向き合い、
自分でクッキーを焼き、
それを子供たちに分けようと考える。



働き続けることだけが、
価値ではない。

遊び、休み、
誰かと分かち合う時間こそが、
ティモテ・ユニリーバの選んだ
本当の優雅さだった。
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