『婚約破棄されたので、せっかくの異世界を観光と遊びで満喫します!』

鷹 綾

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第三十六話 また、海外へ

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第三十六話 また、海外へ

午後の陽射しが、ユニリーバ公爵邸の回廊をやわらかく照らしていた。

焼き上げたクッキーは、籠に分けられ、使用人たちの手によって屋敷の子供たちや近隣の町へと運ばれていく。
庭の向こうから、はしゃいだ声が風に乗って届いた。

ティモテ・ユニリーバは、その様子をテラスから眺めていた。

「……よかったですわ」

胸の奥に、じんわりとした温かさが広がる。
誰かに感謝されたいわけではない。
評価も、功績も、必要ない。

ただ、楽しくて、
分け合いたくなっただけ。

ふと、背後で侍女が控えめに口を開く。

「公爵様……その、お言葉を失礼ながら」

「どうしましたの」

「施しのように見えるかもしれません、と……」

ティモテは、少し考え、そして微笑んだ。

「施し、自己満足……そう見える方も、いらっしゃるでしょうね」

テラスの手すりに指を置き、遠くを見る。

「ええ、自己満足でいいのです」

侍女が目を瞬かせる。

「これは、遊びのひとつですもの」

声は穏やかだったが、迷いはなかった。

「働いて、成果を出して、評価を得る。
それも一つの生き方ですわ。
でも、今の私は、遊ぶことを選んだのです」

遊びとは、
誰かに許可を求めるものではない。
誰かの基準で測られるものでもない。

自分が楽しいと思えるかどうか。
それだけでいい。

「クッキーを焼くのも、配るのも、
ただの遊びですわ」

王都にいた頃、
行動には必ず理由が求められた。
費用対効果、政治的意味、国益。

今は違う。

意味がなくてもいい。
無駄でもいい。

それを許せることこそが、
今の自分にとっての贅沢だった。

テラスを渡る風が、
甘い香りの名残を運んでいく。

「この屋敷で過ごす時間も、
とても心地いいですけれど……」

ティモテは、空を見上げた。

高く、広く、
どこまでも続いている。

「……また、海外行ってこようかな」

ぽつりと漏れた言葉に、
胸の奥が軽く弾んだ。

行き先は、まだ決めていない。
魔法国家も、海洋国家も、
商業都市も、まだ見足りない。

今度は、
名もない港町でもいい。
地図の端にしか載らない、小さな国でもいい。

「急ぐ必要は、ありませんわね」

予定表は白紙。
旅程も目的も、決めなくていい。

気に入った場所があれば、長く滞在する。
飽きたら、次へ行く。

それだけでいい。

夕方、執事が静かに声をかけた。

「ご旅行のご準備を、進めましょうか」

「ええ。最低限でお願いします」

大きな随行も、豪華な行列も不要。
必要なのは、好奇心と時間だけ。

王都では、今日も歯車が噛み合わず、
苛立ちと焦りが渦を巻いているだろう。

だが、その中心に戻る気は、
もうどこにもなかった。

第三十六話。

施しか、自己満足か。
そんな問いに、答える必要はない。

遊びたいから遊ぶ。
行きたいから行く。

ティモテ・ユニリーバは、
自分で選び取った次の旅へと、
静かに歩き出そうとしていた。
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