『婚約破棄されたので、せっかくの異世界を観光と遊びで満喫します!』

鷹 綾

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第三十七話 誰にも告げず、再出国

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第三十七話 誰にも告げず、再出国

出立は、驚くほど静かだった。

ユニリーバ公爵邸の朝は、いつもどおり穏やかで、使用人たちはそれぞれの持ち場で一日を始めている。
誰も慌てず、誰も騒がない。

それが、ティモテ・ユニリーバの望みだった。

「大げさな見送りは、要りませんわ」

そう告げられ、執事は一瞬だけ目を伏せ、そして深く一礼した。

「承知いたしました。公爵様」

準備は最小限。
旅鞄は二つ。
豪奢な宝飾品も、公的な書類も持たない。

身軽だった。

かつて王都を発つときは、違った。
視線が集まり、言葉が飛び、
「責任」や「期待」が、当然のように背中に積まれていた。

今は、それがない。

玄関ホールを歩く足取りは軽く、
床に反響する靴音すら、どこか楽しげに聞こえる。

「では、行ってまいります」

振り返らず、ただそれだけを残す。

執事も、侍女たちも、
あえて引き留める言葉は口にしなかった。

それが、彼らなりの理解だった。

馬車は、公爵領の裏門から出た。
正門を使わないのも、いつの間にか定着した習慣だ。

街道へ出ると、風景はすぐに変わる。
整えられた公爵領の道から、
少しだけ荒れた石畳へ。

揺れが増し、
それすらも、旅の始まりを実感させた。

「……いい揺れですわ」

小さく笑い、窓の外を見る。

農夫が手を振り、
子供たちが馬車を追いかけ、
犬が吠える。

どこにでもある、普通の景色。

それが、今のティモテには、何より贅沢だった。

国境に近づくにつれ、
空気が変わる。

言葉の訛り、
服装の色、
通貨の形。

公爵令嬢としてではなく、
一人の旅人として、それらを眺める。

検問も、形式的なものだった。

「ご旅行ですか」

「ええ、気ままな旅を」

それだけで、通された。

肩書きは使わない。
名を知られなくても、困らない。

国境を越えた瞬間、
何かが、すとんと落ちた気がした。

「……完全に、外ですわね」

王都の歯車も、
公爵領の責務も、
ここには届かない。

馬車を降り、宿を探す。
星付きの宿ではなく、
港町の、少し古い宿屋。

階段は軋み、
廊下は狭い。

それがいい。

「ここにしましょう」

部屋に入ると、窓から海が見えた。
遠くで船の帆が揺れている。

椅子に腰を下ろし、
深く息を吸う。

「……何も、追ってきませんわ」

手紙も、急使も、
命令も、嘆願もない。

完全に、自分だけの時間。

ティモテは、窓辺に立ち、
夕暮れの海を眺めながら、静かに思った。

「今度は、どんな遊びをしましょうか」

目的はない。
計画もない。

ただ、次の一日が、
少し楽しみになる。



誰にも告げず、
誰にも縛られず。

ティモテ・ユニリーバは、
再び、自由な旅の中へと溶け込んでいった。
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