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第三十八話 旅先で出会う、新しい価値観
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第三十八話 旅先で出会う、新しい価値観
港町の朝は早い。
潮の匂いとともに、人の声が路地を満たし、店の扉が次々と開いていく。
ティモテは宿の簡素な食堂で、焼きたてのパンと温いスープを口にしながら、その様子をぼんやり眺めていた。
誰も彼女を見上げない。
誰も気を遣わない。
それだけで、心が軽くなる。
「今日は、どこへ行こうかしら」
予定はない。
だからこそ、どこへでも行ける。
市場を抜け、坂を上り、港を見下ろす小高い丘へ向かう。
観光名所でもなければ、王都の地図にも載らない場所だ。
そこに、木製のベンチがひとつだけ置かれていた。
先客がいた。
背の高い人物で、簡素な外套を羽織り、手には分厚い本を持っている。
貴族でも、商人でもなさそうな、不思議な雰囲気。
ティモテは、少し迷ってから、同じベンチの端に腰を下ろした。
「いい景色ですね」
声をかけたのは、相手の方だった。
「ええ。港が全部見えますわ」
自然な会話。
肩書きも、挨拶もない。
それが、こんなにも楽だとは思わなかった。
「旅の方ですか」
「そうですわ。長居はしないつもりですけれど」
「奇遇ですね。私もです」
相手は、本を閉じた。
「ここには、仕事で来たんですが……正直、疲れまして」
ティモテは、思わず笑ってしまった。
「まあ。奇遇ですわね。私も、仕事から逃げてきた身ですの」
「逃げてきた、ですか」
「ええ。見事に」
そう言うと、胸の奥が少しだけ温かくなった。
否定されない。
責められない。
「悪いことじゃありませんよ」
その人は、港を見下ろしながら言った。
「仕事は、人生の全部じゃない。
そう気づくのに、私は随分時間がかかりました」
「……私も、そうですわ」
王都で過ごした日々。
責任と効率、成果と評価。
それらが悪いとは思わない。
けれど、それしか知らなかった。
「ここでは、誰も急かしません」
「ええ。誰も、私に期待しません」
その言葉を口にした瞬間、
それが不満ではなく、喜びなのだと、はっきり分かった。
沈黙が流れる。
だが、居心地は悪くない。
遠くで船が汽笛を鳴らし、
海鳥が旋回する。
「あなたは、これからどうされるんですか」
ふと、尋ねられる。
「……まだ、決めていませんわ。遊び疲れるまで、でしょうか」
「いいですね」
微笑みが返ってくる。
「私も、少しだけ、そうしてみようと思います」
それ以上、踏み込んだ話はしなかった。
名前も、立場も、聞かない。
けれど、別れ際に、相手は言った。
「また、どこかで会えたら」
「ええ。その時は、肩書き抜きで」
丘を下りるとき、
ティモテは、自分の足取りが少し軽くなっているのに気づいた。
恋、と呼ぶには、あまりにも淡い。
けれど、確かに何かが芽吹いた感覚。
「……悪くありませんわね」
新しい場所で、
新しい価値観と、
新しい誰かに出会う。
それもまた、
遊ぶ人生の、大切な一部なのだと。
旅は、ただの休暇では終わらない。
ティモテ・ユニリーバは、静かにそう確信していた。
港町の朝は早い。
潮の匂いとともに、人の声が路地を満たし、店の扉が次々と開いていく。
ティモテは宿の簡素な食堂で、焼きたてのパンと温いスープを口にしながら、その様子をぼんやり眺めていた。
誰も彼女を見上げない。
誰も気を遣わない。
それだけで、心が軽くなる。
「今日は、どこへ行こうかしら」
予定はない。
だからこそ、どこへでも行ける。
市場を抜け、坂を上り、港を見下ろす小高い丘へ向かう。
観光名所でもなければ、王都の地図にも載らない場所だ。
そこに、木製のベンチがひとつだけ置かれていた。
先客がいた。
背の高い人物で、簡素な外套を羽織り、手には分厚い本を持っている。
貴族でも、商人でもなさそうな、不思議な雰囲気。
ティモテは、少し迷ってから、同じベンチの端に腰を下ろした。
「いい景色ですね」
声をかけたのは、相手の方だった。
「ええ。港が全部見えますわ」
自然な会話。
肩書きも、挨拶もない。
それが、こんなにも楽だとは思わなかった。
「旅の方ですか」
「そうですわ。長居はしないつもりですけれど」
「奇遇ですね。私もです」
相手は、本を閉じた。
「ここには、仕事で来たんですが……正直、疲れまして」
ティモテは、思わず笑ってしまった。
「まあ。奇遇ですわね。私も、仕事から逃げてきた身ですの」
「逃げてきた、ですか」
「ええ。見事に」
そう言うと、胸の奥が少しだけ温かくなった。
否定されない。
責められない。
「悪いことじゃありませんよ」
その人は、港を見下ろしながら言った。
「仕事は、人生の全部じゃない。
そう気づくのに、私は随分時間がかかりました」
「……私も、そうですわ」
王都で過ごした日々。
責任と効率、成果と評価。
それらが悪いとは思わない。
けれど、それしか知らなかった。
「ここでは、誰も急かしません」
「ええ。誰も、私に期待しません」
その言葉を口にした瞬間、
それが不満ではなく、喜びなのだと、はっきり分かった。
沈黙が流れる。
だが、居心地は悪くない。
遠くで船が汽笛を鳴らし、
海鳥が旋回する。
「あなたは、これからどうされるんですか」
ふと、尋ねられる。
「……まだ、決めていませんわ。遊び疲れるまで、でしょうか」
「いいですね」
微笑みが返ってくる。
「私も、少しだけ、そうしてみようと思います」
それ以上、踏み込んだ話はしなかった。
名前も、立場も、聞かない。
けれど、別れ際に、相手は言った。
「また、どこかで会えたら」
「ええ。その時は、肩書き抜きで」
丘を下りるとき、
ティモテは、自分の足取りが少し軽くなっているのに気づいた。
恋、と呼ぶには、あまりにも淡い。
けれど、確かに何かが芽吹いた感覚。
「……悪くありませんわね」
新しい場所で、
新しい価値観と、
新しい誰かに出会う。
それもまた、
遊ぶ人生の、大切な一部なのだと。
旅は、ただの休暇では終わらない。
ティモテ・ユニリーバは、静かにそう確信していた。
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