婚約破棄されたので、王太子はもう何も決めません

鷹 綾

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第二十話 批判の声は、信頼の裏返し

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第二十話 批判の声は、信頼の裏返し

 公開説明会の当日、王都の会館には、これまでにない種類の緊張が漂っていた。

 歓声も、期待に満ちたざわめきもない。
 あるのは、ざらついた沈黙と、抑えきれない視線だ。

 集まったのは、貴族だけではなかった。
 商人組合の代表、地方領主の代理、職人ギルドの使者、そして――記録官。

 誰もが同じ目的でここにいる。

 王太子コンラートは、本当に逃げずに出てくるのか。

 壇上の椅子は、まだ空いている。
 その空白が、会場の不安を煽っていた。

「……やはり、宰相が代わりに出るのでは?」 「いや、殿下が説明すると聞いた」 「この状況で、出てきたら……」

 言葉は、最後まで続かない。
 出てきた場合の“その先”を、誰も予測できないからだ。

 やがて、扉が開いた。

 ざわめきが、一瞬で静まる。

 入ってきたのは、王太子コンラート本人だった。
 護衛は控えめ。宰相の姿もない。

 ――一人だ。

 その事実が、会場に重く落ちた。

 コンラートは壇上に立ち、深く一礼した。
 拍手はない。

 だが、野次もない。

 それだけで、空気は変わった。

「本日は、お集まりいただき感謝する」

 声は、震えていない。
 飾り気もない。

「まず、結論から申し上げる。
 現在の財政指標は、悪化している」

 会場が、ざわつく。

 だが、誰も止めない。

「第四週目の税収は前期比で減少。
 流通量も回復には至っていない」

 彼は、資料を示した。
 宰相府の分析をそのまま、隠さず。

「この結果は、私の判断によるものだ」

 言い切る。

「第三週目に、現状維持を選んだ。
 短期的な悪化を受け入れ、長期的安定を優先した判断だった」

 誰かが、低い声で呟く。

「……認めたぞ」

 コンラートは、続けた。

「結果として、数字は下がった。
 よって、この悪化の責任は、私にある」

 沈黙。

 その沈黙は、拒絶ではない。
 聞いている沈黙だ。

「ここから先、支援を再開すれば、短期的に数字は戻る可能性がある。
 だが、その場合、財政の信頼性は損なわれる」

 彼は、選択肢を並べた。

「私は、今も現状維持が最善だと考えている。
 だが、その判断が誤りであれば――その責任も、私が引き受ける」

 ここで、初めて手が挙がった。

 商人組合の代表だ。

「殿下。
 では、いつまで耐えればよいのですか」

 鋭い問い。
 感情は抑えられているが、切実だ。

 コンラートは、目を逸らさなかった。

「明確な期限を示せないことは、承知している。
 だが、週次で数字を公開し、私自身が説明を続ける」

 ざわめきが走る。

「逃げない、という約束だ」

 短い言葉だった。
 だが、その重さは、誰もが理解した。

 次に、地方領主の代理が立ち上がる。

「殿下。
 このまま悪化が続いた場合、方針転換は?」

「する」

 即答だった。

「だが、その判断も、私の名で行う。
 宰相府に押し付けることはしない」

 会場の空気が、わずかに変わった。

 批判の声が、上がり始める。

「判断が遅すぎる」 「なぜ最初から、こうしなかった」 「信じていいのか」

 容赦のない言葉。
 だが、コンラートは一つ一つに答えた。

 否定せず、言い訳せず、
 「その通りだ」「批判は受け止める」と繰り返す。

 時間は、あっという間に過ぎた。

 説明会が終わったとき、
 会場に拍手はなかった。

 だが、罵声もなかった。

 その夜、王都ではささやかな変化が起きていた。

「……殿下、逃げなかったな」 「ああ。判断が正しいかは分からんが」 「少なくとも、顔を出した」

 それは、称賛ではない。
 だが、完全な否定でもない。

 ノクティア侯爵邸で、エヴァレット・ノクティアは報告を読み、静かに頷いた。

「批判が出た……」

 それは、良い兆候だった。

「無視されるより、ずっといい」

 批判とは、
 まだ期待している証拠だ。

 宰相府でも、ヴォルフガング・ハルトマンが短く総括していた。

「矢面に立った。
 逃げなかった。
 それだけで、評価は一段階上がる」

 だが、油断はない。

「信頼は、批判の中でしか育たない」

 夜、コンラートは一人、執務室に戻っていた。

 疲労は激しい。
 だが、不思議と、胸は軽かった。

「……批判されたな」

 苦笑する。

 だが、同時に、確かな手応えもあった。

 人々は、見ていた。
 聞いていた。
 そして、問いを投げてきた。

 それは、信頼の裏返しだ。

「……次も、出る」

 数字が悪くても。
 批判が増えても。

 責任を引き受けるとは、
 一度きりの覚悟ではない。

 立ち続けることだ。

 王太子コンラートは、
 初めて“批判の中に立つ立場”を引き受けた。

 それは、まだ始まりにすぎない。
 だが、確実に――

 彼はもう、
 象徴ではなかった。
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