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第12話 罪が照らされる前夜
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第12話 罪が照らされる前夜
帝都は、静かにざわめいていた。
噂は、形を変えて広がる。
根拠のない中傷は消え、代わりに「調査が進んでいるらしい」「皇帝が直々に動いている」という、確度の高い囁きが、貴族たちの間を巡り始めていた。
フェリス・リンクスは、その空気の変化を、執務室の窓越しに感じていた。
官吏たちの動きが速い。
書類の回りが異様に正確で、無駄な会話がない。
――嵐の前だ。
「……これで、よろしいでしょうか」
フェリスが差し出した文書を、アーシュ・レーシャー皇帝は受け取る。内容を一瞥し、静かに頷いた。
「十分だ」
その一言で、胸の奥が少しだけ軽くなる。
ここ数日、フェリスは通常の補佐業務に加え、調査に関わる書類の整理を任されていた。証言の時系列、取引記録の齟齬、商人たちの資金の流れ――どれも、彼女が最も得意とする分野だ。
「……一つ、気になる点があります」
フェリスは、ためらいながら口を開いた。
「何だ」
「バロン男爵が使っていた仲介商人ですが……表向きは合法取引のみを扱っているように見えます。ですが、裏帳簿の動きが不自然です」
アーシュは、わずかに目を細めた。
「続けろ」
「奴隷商人へ直接繋がる資金の流れを、三段階に分けて隠しています。
もし、ここを突けば――」
「逃げ道を塞げる」
皇帝が、言葉を継いだ。
フェリスは、小さく息を呑む。
「……はい」
沈黙。
アーシュは、しばらく書類を見つめてから、低く告げた。
「よく見ているな」
その評価は、簡潔だが重い。
「私は、ただ……」
「謙遜は不要だ」
淡々とした口調だが、否定の余地はなかった。
「君がいなければ、調査はここまで早く進まなかった」
フェリスは、思わず視線を落とす。
認められることに、まだ慣れていない。
---
その日の夕刻、情報局から正式な報告が入った。
「証人は、全員確保しました」
責任者の声は、硬い。
「平民の娘二名、少年一名。
いずれも、バロン男爵の債務整理を名目に引き渡されています」
フェリスの胸が、きゅっと縮む。
――子供まで。
「証言内容は一致しています。
『雇用』『奉公』と説明され、実際には拘束されたと」
室内の空気が、冷えた。
アーシュは、立ち上がる。
「……十分だ」
その声に、迷いはなかった。
「明日、貴族院臨時会を開く」
一瞬、場がざわつく。
臨時会。
それは、もはや水面下の話では済まないことを意味していた。
「陛下」
情報局長が、確認する。
「フェリス・リンクスの件も――」
「隠さない」
即答だった。
「事実は、すべて示す」
フェリスは、静かに拳を握る。
怖くないわけではない。
だが、逃げるつもりもなかった。
---
会議が終わり、人が去った執務室で、フェリスは皇帝に向き直った。
「……陛下」
「何だ」
「明日、私は……」
「出席する」
アーシュは、当然のように言った。
「当事者として、証言を求める者もいるだろう」
フェリスは、深く息を吸う。
「……承知しました」
声は、震えていなかった。
「不安か?」
唐突な問い。
フェリスは、正直に答えた。
「少しだけ」
「それでいい」
皇帝は、淡々と告げる。
「恐れを感じない者は、判断を誤る」
その言葉に、フェリスは小さく頷いた。
「だが」
アーシュは、はっきりと言う。
「君を、誰にも踏みにじらせない」
それは、約束ではない。
命令でもない。
決定だった。
---
夜。
自室で、フェリスは明日のために服を整えていた。華美ではないが、格式を失わない装い。リンクス家の紋章は、あえて身に着けない。
(……私は、もう“誰かの娘”ではない)
窓の外、帝都の灯りが揺れる。
明日、罪は白日の下に晒される。
バロン男爵の嘘も、
不義の汚名も、
売られた者たちの苦しみも。
胸の奥で、恐怖と決意が、静かに並んでいた。
フェリス・リンクスは、この夜、理解していた。
これは復讐ではない。
裁きだ。
そしてその裁きは、
彼女一人の人生だけでなく、
帝国のあり方そのものを問うものになる。
罪が照らされる、その前夜に。
帝都は、静かにざわめいていた。
噂は、形を変えて広がる。
根拠のない中傷は消え、代わりに「調査が進んでいるらしい」「皇帝が直々に動いている」という、確度の高い囁きが、貴族たちの間を巡り始めていた。
フェリス・リンクスは、その空気の変化を、執務室の窓越しに感じていた。
官吏たちの動きが速い。
書類の回りが異様に正確で、無駄な会話がない。
――嵐の前だ。
「……これで、よろしいでしょうか」
フェリスが差し出した文書を、アーシュ・レーシャー皇帝は受け取る。内容を一瞥し、静かに頷いた。
「十分だ」
その一言で、胸の奥が少しだけ軽くなる。
ここ数日、フェリスは通常の補佐業務に加え、調査に関わる書類の整理を任されていた。証言の時系列、取引記録の齟齬、商人たちの資金の流れ――どれも、彼女が最も得意とする分野だ。
「……一つ、気になる点があります」
フェリスは、ためらいながら口を開いた。
「何だ」
「バロン男爵が使っていた仲介商人ですが……表向きは合法取引のみを扱っているように見えます。ですが、裏帳簿の動きが不自然です」
アーシュは、わずかに目を細めた。
「続けろ」
「奴隷商人へ直接繋がる資金の流れを、三段階に分けて隠しています。
もし、ここを突けば――」
「逃げ道を塞げる」
皇帝が、言葉を継いだ。
フェリスは、小さく息を呑む。
「……はい」
沈黙。
アーシュは、しばらく書類を見つめてから、低く告げた。
「よく見ているな」
その評価は、簡潔だが重い。
「私は、ただ……」
「謙遜は不要だ」
淡々とした口調だが、否定の余地はなかった。
「君がいなければ、調査はここまで早く進まなかった」
フェリスは、思わず視線を落とす。
認められることに、まだ慣れていない。
---
その日の夕刻、情報局から正式な報告が入った。
「証人は、全員確保しました」
責任者の声は、硬い。
「平民の娘二名、少年一名。
いずれも、バロン男爵の債務整理を名目に引き渡されています」
フェリスの胸が、きゅっと縮む。
――子供まで。
「証言内容は一致しています。
『雇用』『奉公』と説明され、実際には拘束されたと」
室内の空気が、冷えた。
アーシュは、立ち上がる。
「……十分だ」
その声に、迷いはなかった。
「明日、貴族院臨時会を開く」
一瞬、場がざわつく。
臨時会。
それは、もはや水面下の話では済まないことを意味していた。
「陛下」
情報局長が、確認する。
「フェリス・リンクスの件も――」
「隠さない」
即答だった。
「事実は、すべて示す」
フェリスは、静かに拳を握る。
怖くないわけではない。
だが、逃げるつもりもなかった。
---
会議が終わり、人が去った執務室で、フェリスは皇帝に向き直った。
「……陛下」
「何だ」
「明日、私は……」
「出席する」
アーシュは、当然のように言った。
「当事者として、証言を求める者もいるだろう」
フェリスは、深く息を吸う。
「……承知しました」
声は、震えていなかった。
「不安か?」
唐突な問い。
フェリスは、正直に答えた。
「少しだけ」
「それでいい」
皇帝は、淡々と告げる。
「恐れを感じない者は、判断を誤る」
その言葉に、フェリスは小さく頷いた。
「だが」
アーシュは、はっきりと言う。
「君を、誰にも踏みにじらせない」
それは、約束ではない。
命令でもない。
決定だった。
---
夜。
自室で、フェリスは明日のために服を整えていた。華美ではないが、格式を失わない装い。リンクス家の紋章は、あえて身に着けない。
(……私は、もう“誰かの娘”ではない)
窓の外、帝都の灯りが揺れる。
明日、罪は白日の下に晒される。
バロン男爵の嘘も、
不義の汚名も、
売られた者たちの苦しみも。
胸の奥で、恐怖と決意が、静かに並んでいた。
フェリス・リンクスは、この夜、理解していた。
これは復讐ではない。
裁きだ。
そしてその裁きは、
彼女一人の人生だけでなく、
帝国のあり方そのものを問うものになる。
罪が照らされる、その前夜に。
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