『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』

鷹 綾

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第3話 アイラの勘違い宣戦布告

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◆第3話 アイラの勘違い宣戦布告

王宮の大広間からの出来事が広がるのに、時間はほとんどかからなかった。

城下の噂好きたちはもちろん、文官たち、侍女たち、そして貴族たちの間でも、
“エヴァントラは捨てられた被害者”
“ウィッシュとアイラが暴走した”
という空気が一気に形成されつつあった。

ところが──
その空気を一切読めない少女が、ひとり。

アイラ・マーベルである。

彼女は、侍女を従えてエヴァントラの私室の前で腕を組み、
まるで勝者の凱旋のような顔をしていた。

(……嫌な予感しかしませんわね)

エヴァントラは静かに扉を開き、淡い微笑みで応じた。

「ご用件かしら。アイラ様?」

アイラはぱっと胸を張り、扇子で口元を隠した。

「ふふんっ。あなたに“忠告”しに来たのよ、エヴァントラ様!」

侍女が小声でつぶやく。

「(様って付けてる……)」
「(抑えきれない恐怖が滲んでる……)」

だがアイラは気づかない。

「殿下はね、あなたより私を愛しているの! だからこそあなたは捨てられたのよ!」

エヴァントラは丁寧に頷いた。

「そうですの。おめでとうございます、アイラ様」

「えっ……?」

あまりにあっさりと祝福されたので、アイラは反応に困った。

エヴァントラは続ける。

「殿下の新しい幸福を願うのも、元婚約者としての務めですわ。どうか末永く、お幸せに」

アイラ「……え……? え?」

想定外すぎる対応に、アイラの思考が硬直した。

彼女はもっとこう──
“嫉妬に狂う悪役令嬢的反応”を期待していたのだ。

しかしエヴァントラの瞳には一切の執着がない。

……どころか、心の底から自由を喜んでいる光まで感じる。

アイラは慌てて声を荒げる。

「と、とにかく! あなたは殿下にふさわしくなかったの! 国政のことなんてどうでもいいのよ。殿下は癒しを求めているの! その点、わたしは完璧なの!」

(国政どうでもいいって言いましたわね、この方)

エヴァントラは心の中で静かに火災報知機が鳴るのを感じたが、表には出さない。

「でしたら問題ありませんわ。殿下の好みがあなたなのですから」

「そ、そうなの! だからあなたは──」

アイラは勝利宣言のポーズを決めた。

「二度と殿下の前に姿を見せないで!」

広間の外では、通りがかった侍女や文官たちが固まる。

「(え、それ言う相手逆じゃ……)」
「(フェルメリア様の方が見る権利あるんじゃ……)」

しかしエヴァントラは優雅に微笑むだけだった。

「ご安心くださいな。わたくしはもう、殿下の前に出る意思はございません。
そもそも王宮を離れますので」

「……え?」

アイラは素で驚いた顔をした。

「り、離れるって……どうして?」

(あなたが理由のひとつですわよ?)とは言わない。

エヴァントラは穏やかに答える。

「殿下のご幸福のために。わたくしはわたくしで、新しい道を歩むだけです」

「……!」

アイラの顔に一瞬だけ焦りが走った。

なぜなら──
逃げ道のない“真実の重さ”を感じたからだ。

エヴァントラが本当に王宮を去れば、
ウィッシュとアイラは、自分たちの力だけで王宮を回さねばならない。

エヴァントラが抜けたあと、どれほどの混乱が起こるかなど想像する力はないが……
本能で危険を察したのだ。

アイラは無理やり笑顔を作る。

「あ、あなたなんかいなくても……だ、大丈夫なんだから!」

「ええ。そう願っておりますわ」

エヴァントラは頭を下げる。

その姿は美しく──
そして、どこまでも強かった。

アイラは悔しさと不満を抱えながら、その場を去った。

侍女たちは遠巻きに囁く。

「エヴァントラ様、すご……」
「完全勝利じゃない……?」
「悪役令嬢どころか、あちらの方がムーブしてる……」

エヴァントラは静かに扉を閉め、息を吐いた。

「……さて。荷物を整理しませんとね」

彼女は鏡の前に立ち、少しだけ微笑んだ。

「これで、本当に自由になれるのね」

翌日──
王宮は彼女の退去準備と同時に、
エヴァントラの不在による“機能停止の始まり”を迎えることになる。

誰もまだ知らない。

アイラとウィッシュの破滅は、すでに始まっていた。


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