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第16話 新聖女アーニャ
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第16話 新聖女アーニャ
聖女ポーラ・スターの解任から、半月。
王都では、その空白を埋めるかのように、慌ただしい動きが続いていた。
◇
「――新たな聖女として、アーニャ・リーヴェルを任命する!」
大聖堂に響き渡る王太子リチャードの声は、どこか誇らしげだった。
祭壇の前に立つ少女は、明るい栗色の髪を揺らし、堂々と胸を張っている。
年は十七。
平民出身だが、最近になって“奇跡を起こした少女”として教会が担ぎ上げた存在だ。
白と金を基調とした聖女の衣を身にまとい、
その姿は、いかにも「人々が求める聖女」だった。
「この方こそ、王国を導く真の聖女である!」
拍手が湧き起こる。
民衆も、貴族も、教会関係者も――
誰一人として疑問を口にしなかった。
疑問を抱く必要がないほど、
“分かりやすい聖女”だったからだ。
◇
「見ただろう、あの堂々とした態度!」
「やはり、聖女はああでなくてはな」
「前の聖女は、結局一度も姿を見せなかったからなぁ……」
囁き声が、あちこちから聞こえる。
その中に、
ポーラ・スターの名を、擁護する声は一つもなかった。
引きこもり。
姿を見せない。
声を上げない。
それらはすべて、
「聖女として失格」という評価に、簡単に置き換えられていた。
◇
任命式が終わった後、
王太子リチャードは、アーニャを伴って私室へと向かう。
「よくやってくれた、アーニャ」
「ありがとうございます、リチャード殿下!」
彼女は、迷いなく笑顔を向けた。
その無邪気さに、
リチャードは、わずかな優越感を覚える。
――やはり、こういう娘の方が、扱いやすい。
感情を表に出し、
期待に応えようとする。
聖女とは、本来こうあるべきだと、
彼は心から信じていた。
「君は、私の婚約者としても、申し分ない」
その言葉に、アーニャは一瞬だけ目を見開き、
すぐに深く頭を下げた。
「身に余る光栄です……!」
だが、その内心では――
小さな緊張と、不安が芽生えていた。
◇
その頃、スター公爵家の一室。
分厚いカーテンの向こうで、
ポーラは今日も静かに過ごしていた。
扉の前に、新しいメモが貼られている。
『新しい聖女様の任命式が、無事に終わりました』
短く、事務的な報告。
ポーラは、それをじっと見つめてから、
何も書き足さず、そっと目を伏せた。
胸の奥が、
ちくりともしないわけではない。
けれど、それは痛みというより、
遠くの出来事を知ったときの、かすかな波紋に近かった。
――そう。
私は、もう関係ない。
その事実が、
静かに、しかし確かに、彼女を支えていた。
◇
一方、王都では、
新聖女アーニャによる“最初の奇跡”が準備されていた。
「まずは、民衆に分かりやすい成果を」
王太子リチャードの指示は明確だった。
聖女は、結果を示さねばならない。
目に見える形で。
選ばれたのは、
王都近郊の干上がりかけた畑。
雨乞いの祈り。
儀式は盛大に行われ、
アーニャは祭壇に立ち、両手を掲げた。
「神よ……!」
必死に祈る彼女の姿に、
人々は息を呑む。
そして――
ぽつり。
一粒の雨が、土に落ちた。
「……降った!」
歓声が上がる。
続けて、雨粒は増え、
一時的に、確かに、雨雲が空を覆った。
「奇跡だ……!」
「新しい聖女は、本物だ!」
民衆は沸き立ち、
王太子は満足げに頷いた。
◇
だが、その雨は――
ほんの一刻で止んだ。
雲は流れ、
空は再び不安定な色を取り戻す。
それでも、その場では、誰も疑問を口にしなかった。
「最初はこんなものだ」
「これから力を増していくのだろう」
希望的観測が、
事実の代わりに語られた。
◇
その日の夜。
フォージャー子爵は、診療記録を見返しながら、
静かに眉を寄せていた。
新聖女の奇跡。
一時的な雨。
それ自体は、否定できない。
だが――
「……方向が、違う」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
祈りによって、
無理やり“動かされた”自然。
それは、
静かに均衡を保つものではなかった。
そして彼の脳裏には、
扉の向こうで静かに息をする、
一人の少女の姿が浮かぶ。
何も祈らず、
何も主張せず、
それでも、内側が安定している存在。
「……比較するものではないが」
フォージャーは、ペンを置いた。
王国は、
あまりにも分かりやすい“光”を選んだ。
その代償を、
まだ誰も理解していない。
◇
新聖女アーニャは、
喝采の中で、笑顔を浮かべ続けている。
その背後で――
空は、再び重く、
不穏な色を帯び始めていた。
嵐の予兆は、
まだ、静かに息を潜めている。
だが確実に、
王国の歯車は、
間違った方向へと回り始めていた。
それを止められる者は、
今のところ、誰もいない。
聖女ポーラ・スターの解任から、半月。
王都では、その空白を埋めるかのように、慌ただしい動きが続いていた。
◇
「――新たな聖女として、アーニャ・リーヴェルを任命する!」
大聖堂に響き渡る王太子リチャードの声は、どこか誇らしげだった。
祭壇の前に立つ少女は、明るい栗色の髪を揺らし、堂々と胸を張っている。
年は十七。
平民出身だが、最近になって“奇跡を起こした少女”として教会が担ぎ上げた存在だ。
白と金を基調とした聖女の衣を身にまとい、
その姿は、いかにも「人々が求める聖女」だった。
「この方こそ、王国を導く真の聖女である!」
拍手が湧き起こる。
民衆も、貴族も、教会関係者も――
誰一人として疑問を口にしなかった。
疑問を抱く必要がないほど、
“分かりやすい聖女”だったからだ。
◇
「見ただろう、あの堂々とした態度!」
「やはり、聖女はああでなくてはな」
「前の聖女は、結局一度も姿を見せなかったからなぁ……」
囁き声が、あちこちから聞こえる。
その中に、
ポーラ・スターの名を、擁護する声は一つもなかった。
引きこもり。
姿を見せない。
声を上げない。
それらはすべて、
「聖女として失格」という評価に、簡単に置き換えられていた。
◇
任命式が終わった後、
王太子リチャードは、アーニャを伴って私室へと向かう。
「よくやってくれた、アーニャ」
「ありがとうございます、リチャード殿下!」
彼女は、迷いなく笑顔を向けた。
その無邪気さに、
リチャードは、わずかな優越感を覚える。
――やはり、こういう娘の方が、扱いやすい。
感情を表に出し、
期待に応えようとする。
聖女とは、本来こうあるべきだと、
彼は心から信じていた。
「君は、私の婚約者としても、申し分ない」
その言葉に、アーニャは一瞬だけ目を見開き、
すぐに深く頭を下げた。
「身に余る光栄です……!」
だが、その内心では――
小さな緊張と、不安が芽生えていた。
◇
その頃、スター公爵家の一室。
分厚いカーテンの向こうで、
ポーラは今日も静かに過ごしていた。
扉の前に、新しいメモが貼られている。
『新しい聖女様の任命式が、無事に終わりました』
短く、事務的な報告。
ポーラは、それをじっと見つめてから、
何も書き足さず、そっと目を伏せた。
胸の奥が、
ちくりともしないわけではない。
けれど、それは痛みというより、
遠くの出来事を知ったときの、かすかな波紋に近かった。
――そう。
私は、もう関係ない。
その事実が、
静かに、しかし確かに、彼女を支えていた。
◇
一方、王都では、
新聖女アーニャによる“最初の奇跡”が準備されていた。
「まずは、民衆に分かりやすい成果を」
王太子リチャードの指示は明確だった。
聖女は、結果を示さねばならない。
目に見える形で。
選ばれたのは、
王都近郊の干上がりかけた畑。
雨乞いの祈り。
儀式は盛大に行われ、
アーニャは祭壇に立ち、両手を掲げた。
「神よ……!」
必死に祈る彼女の姿に、
人々は息を呑む。
そして――
ぽつり。
一粒の雨が、土に落ちた。
「……降った!」
歓声が上がる。
続けて、雨粒は増え、
一時的に、確かに、雨雲が空を覆った。
「奇跡だ……!」
「新しい聖女は、本物だ!」
民衆は沸き立ち、
王太子は満足げに頷いた。
◇
だが、その雨は――
ほんの一刻で止んだ。
雲は流れ、
空は再び不安定な色を取り戻す。
それでも、その場では、誰も疑問を口にしなかった。
「最初はこんなものだ」
「これから力を増していくのだろう」
希望的観測が、
事実の代わりに語られた。
◇
その日の夜。
フォージャー子爵は、診療記録を見返しながら、
静かに眉を寄せていた。
新聖女の奇跡。
一時的な雨。
それ自体は、否定できない。
だが――
「……方向が、違う」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
祈りによって、
無理やり“動かされた”自然。
それは、
静かに均衡を保つものではなかった。
そして彼の脳裏には、
扉の向こうで静かに息をする、
一人の少女の姿が浮かぶ。
何も祈らず、
何も主張せず、
それでも、内側が安定している存在。
「……比較するものではないが」
フォージャーは、ペンを置いた。
王国は、
あまりにも分かりやすい“光”を選んだ。
その代償を、
まだ誰も理解していない。
◇
新聖女アーニャは、
喝采の中で、笑顔を浮かべ続けている。
その背後で――
空は、再び重く、
不穏な色を帯び始めていた。
嵐の予兆は、
まだ、静かに息を潜めている。
だが確実に、
王国の歯車は、
間違った方向へと回り始めていた。
それを止められる者は、
今のところ、誰もいない。
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