引きこもり聖女は祈らない

鷹 綾

文字の大きさ
17 / 39

第17話 喝采の聖女、揺らぐ空

しおりを挟む
第17話 喝采の聖女、揺らぐ空

 新聖女アーニャ・リーヴェルの名は、王都に急速に広まっていった。

 「奇跡を起こした少女」
 「王国を救う希望」
 「次代を導く真の聖女」

 そんな言葉が、まるで決まり文句のように並べられ、人々の口から口へと流れていく。

 ◇

 王都中央広場。

 この日も、アーニャは多くの民衆の前に立っていた。

 白い聖女衣装は太陽の光を受けて眩しく、彼女自身もまた、その光に応えるように背筋を伸ばしている。

 「新聖女様だ……!」

 「お姿を見せてくださるだけで、安心する……」

 歓声と拍手。
 期待に満ちた視線。

 アーニャはそのすべてを真正面から受け止め、にこやかに微笑んだ。

 ――応えなきゃ。

 胸の奥で、小さく自分に言い聞かせる。

 自分は選ばれた。
 王国に必要とされた。
 あの引きこもりの聖女とは違う。

 そう思うことで、足元の不安を必死に踏み固めていた。

 ◇

 「では、これより祈りを捧げます」

 司祭の声に導かれ、アーニャは祭壇へと進む。

 この儀式は、民衆への“安心”を示すためのものだ。
 たとえ大きな奇跡でなくとも、
 何かが起きれば、それでいい。

 アーニャは両手を胸の前で組み、目を閉じた。

 (雨……雨が少しでも降れば……)

 必死に祈る。
 祈り続ける。

 すると――

 空の一角に、わずかな雲が集まり始めた。

 「……おお……」

 ざわめきが起こる。

 風が吹き、
 ひやりとした空気が流れ込む。

 数滴の雨が、広場の石畳を濡らした。

 「降った……!」

 歓声が上がる。
 再び拍手が巻き起こる。

 アーニャは安堵の息をつき、
 そっと目を開けた。

 「神よ……感謝いたします……」

 その声は震えていたが、
 それを不安と取る者はいなかった。

 皆、奇跡を“見たいものだけ見て”いたからだ。

 ◇

 だが、雨は長く続かなかった。

 数分も経たぬうちに雲は散り、
 空は再び、不安定な色合いを取り戻す。

 それでも民衆は満足していた。

 「最初はこれで十分だ」
 「回数を重ねれば、もっと大きな奇跡を起こすだろう」

 希望は、疑問を簡単に塗り潰す。

 ◇

 王太子リチャードは、その様子を高台から見下ろしていた。

 「……上出来だ」

 彼は小さく頷く。

 派手さはないが、
 “見せる奇跡”としては十分。

 それに比べて――と、
 どうしても、思考は過去へと向かう。

 ポーラ・スター。

 姿を見せず、
 声も出さず、
 ただ部屋に籠もっていた聖女。

 (……あれでは、民は納得しない)

 そう自分に言い聞かせるように、
 リチャードはアーニャへ視線を戻した。

 「君は、期待に応えている」

 儀式後、そう声をかけると、
 アーニャはぱっと顔を輝かせる。

 「本当ですか……!」

 「もちろんだ。民衆も満足している」

 その言葉に、
 彼女の肩から、ほんの少し力が抜けた。

 ◇

 だがその夜。

 王都を離れた地方では、
 別の出来事が起きていた。

 ――突然の突風。
 ――局地的な豪雨。
 ――季節外れの冷え込み。

 被害はまだ小さい。
 だが、確実に“異常”だった。

 「最近、天気が落ち着かないな……」

 「聖女様が代わったせいか?」

 そんな声が、ぽつぽつと上がり始める。

 ◇

 その報告書を読んでいたフォージャー子爵は、
 深く息を吐いた。

 「……やはりだ」

 祈りで無理に動かされた自然は、
 均衡を失い、歪みを生む。

 それは、
 “力が足りない”というよりも、
 “在り方が違う”問題だった。

 そして彼の脳裏に浮かぶのは、
 相変わらず、扉の向こうの少女。

 何も起こそうとせず、
 ただ、そこに在るだけの存在。

 (……比較するのは酷だが)

 フォージャーは、そっと報告書を閉じた。

 ◇

 喝采に包まれる新聖女アーニャ。

 彼女はまだ知らない。

 その喝采が、
 期待という名の重圧に変わる日が、
 すぐそこまで来ていることを。

 そして王国もまた、
 静かに、だが確実に、
 不穏な空の下へと踏み出していた。

 嵐は、まだ本気を出していない。

 だが――
 空は、確実に、
 泣き出す準備を始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。 この度改編した(ストーリーは変わらず)をなろうさんに投稿しました。

【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない

たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。 あなたに相応しくあろうと努力をした。 あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。 なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。 そして聖女様はわたしを嵌めた。 わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。 大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。 その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。 知らずにわたしはまた王子様に恋をする。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

役立たずと捨てられた万能建築士、隣国で「聖域」を造って無双する。今さら復興のために戻れ? ご自分たちで瓦礫でも積んでいればよろしいのでは?

しょくぱん
恋愛
「お前の魔法は石を積むだけの土木作業だ」と婚約破棄されたので、城を支えていた『構造維持結界』をすべて解除して出て行きますね。今さら「城が崩れる!」と泣きつかれても、私は隣国で氷結の皇帝陛下と「世界最高の聖域」を造っていますので、一切知りません。 王国唯一の建築魔導師アニエスは、その地味な見た目と能力を理由に、王太子シグムンドから婚約破棄と国外追放を言い渡される。 彼の隣には、派手な光魔法を使う自称聖女の姿があった。 「お前の代わりなどいくらでもいる。さっさと出て行け!」 「……分かりました。では、城にかけていた『自動修復』『耐震』『空調』の全術式を解約しますね」 アニエスが去った直後、王城は音を立てて傾き、噴水は泥水に変わり、王都のインフラは崩壊した。 一方、アニエスは隣国の荒野で、呪われた皇帝レオンハルトと出会う。彼女が何気なく造った一夜の宿は、呪いを浄化するほどの「聖域」だった。 「君は女神か? どうか私の国を救ってほしい」 「喜んで。ついでに世界一快適な住居も造っていいですか?」 隣国がアニエスの力で黄金の国へと発展する一方、瓦礫の山となった母国からは「戻ってきてくれ」と悲痛な手紙が届く。 だが、アニエスは冷ややかに言い放つ。 「お断りします。契約外ですので、ご自分で支えていればよろしいのでは?」 これは、捨てられた万能建築士が隣国で溺愛され、幸せを掴む物語。 そして、彼女を捨てた者たちが、物理的にも社会的にも「崩壊」し、最後には彼女が架ける橋の『礎石』として永遠に踏まれ続けるまでの、壮絶な因果応報の記録。

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

処理中です...