引きこもり聖女は祈らない

鷹 綾

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第18話 続かない奇跡

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第18話 続かない奇跡

 新聖女アーニャ・リーヴェルが祈りを捧げてから、三日が過ぎた。

 王都では、相変わらず彼女の話題が尽きない。

 「やはり新聖女様は違う」
 「少しずつでも雨が降れば、それでいい」
 「前より希望があるじゃないか」

 人々は、わずかな変化に希望を重ね、
 不安を見ないふりで包み込んでいた。

 ◇

 しかし――
 空は、その期待に応える気配を見せなかった。

 晴れたと思えば、突然の突風。
 曇ったかと思えば、雨は降らず、
 夜には冷たい霧が街を包む。

 「……おかしいな」

 市場の商人が、空を見上げて呟く。

 「雨乞いをしたはずなのに、畑が潤わない」
 「むしろ、作物の育ちが悪くなってる気がする」

 小さな違和感が、
 じわじわと、日常に染み出し始めていた。

 ◇

 王城の奥。

 王太子リチャードは、報告書の束を前に眉をひそめていた。

 「……降水量は、ほとんど改善していない?」

 「はい。局地的な雨は観測されていますが、継続性がなく……」

 側近が言葉を選びながら答える。

 リチャードは、苛立ちを隠そうともせず、
 机を指で叩いた。

 「一度でも奇跡が起きたのなら、続くはずだ」

 それは、彼自身に言い聞かせる言葉でもあった。

 ――まだ判断が早い。
 ――新聖女は、これから力を発揮する。

 そうでなければ、
 自分の決断が間違っていたことになる。

 ◇

 同じ頃、聖女用の控えの間。

 アーニャは、一人で椅子に座り、
 小さく息を吐いていた。

 「……どうして……」

 祈っている。
 確かに、必死に。

 声を枯らし、
 夜遅くまで神に縋りついている。

 それでも、
 奇跡は続かない。

 (私の祈りが、足りないの?)

 そう思えば思うほど、
 焦りが胸を締め付ける。

 聖女として選ばれた。
 王太子の婚約者にもなった。

 ――期待に応えなければ。

 だが、その「応えなければ」という思いが、
 祈りを、次第に歪めていく。

 ◇

 翌日。

 王都近郊の村で、小さな騒ぎが起きた。

 突然の強風で、簡易的な倉庫が倒れ、
 積まれていた干し草が散乱したのだ。

 「怪我人はいないが……」

 「天候が安定しないせいだ」

 村人たちは、空を見上げ、不安げに囁く。

 「新しい聖女様がいるのに、どうして……」

 その言葉は、まだ疑問の形をしていた。
 だが、疑問は、やがて――
 責めへと変わる。

 ◇

 フォージャー子爵は、その報告を静かに読んでいた。

 「……やはり、持続しない」

 奇跡が起きないのではない。
 起きても、続かない。

 それは、力の大小の問題ではない。

 「聖女が“何かを起こそう”とするほど、
 自然は反発する……」

 そう呟きながら、
 彼の視線は、自然とある一枚の紙へ向かう。

 そこには、以前まとめた覚書があった。

 ――ポーラ・スター。
 ――感情の波が少なく、精神状態が極めて安定。
 ――祈りの形跡は少ないが、
   周囲の環境は常に均衡を保っていた。

 「……あの子は、祈らなかった」

 それは、怠慢ではなく、
 彼女なりの“在り方”だったのかもしれない。

 ◇

 一方、スター公爵家。

 分厚い扉の向こうで、
 ポーラは今日も静かに過ごしていた。

 扉に、新しいメモが貼られている。

 『最近、風が強い日が多いです』

 短い、報告のような一文。

 ポーラは、それを見て、少しだけ眉を寄せる。

 そして、ペンを取り、
 その下に、そっと書き足した。

 『夜は冷えます。
  外に出る方は、気をつけてください』

 それは、誰に向けたものでもない。
 ただの、習慣。

 祈りではなく、
 願いでもなく。

 ただ、世界を見て、感じたこと。

 ◇

 同じ空の下。

 王都では、人々が少しずつ不安を募らせ、
 新聖女アーニャは、焦りを深め、
 王太子リチャードは、苛立ちを抑えきれなくなりつつあった。

 奇跡は、確かに起きた。
 だが、それは――
 続かなかった。

 そして王国は、まだ気づいていない。

 “続かない奇跡”よりも、
 “何も起こらない安定”の方が、
 どれほど尊いものだったのかを。

 空は今日も、
 曇りとも晴れともつかない顔で、
 王国を見下ろしていた。
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