20 / 39
第20話 苛立ちの矛先
しおりを挟む
第20話 苛立ちの矛先
王城の空気は、重く沈んでいた。
曇天が続くせいだけではない。
人々の感情そのものが、よどみ始めている。
◇
王太子リチャードは、執務室の窓辺に立ち、
灰色の空を睨みつけていた。
「……いつまで、こんな天気が続くつもりだ」
独り言のように吐き捨てる。
背後では、側近が報告書を抱え、
言葉を選びながら口を開いた。
「本日も、北部で局地的な突風が確認されました。
作物への被害は軽微ですが……」
「軽微、軽微と……」
リチャードは振り返り、
苛立ちを隠そうともせずに言った。
「それが毎日積み重なれば、どうなるか分かっているのか?」
側近は、何も言えずに視線を落とす。
リチャード自身も、
苛立ちの理由を正確に言語化できていなかった。
だが、胸の奥にある感情は、はっきりしている。
――期待した結果が、出ていない。
◇
その苛立ちは、
やがて、向かう先を見つける。
「……アーニャを呼べ」
側近が、わずかにためらった。
「今も祈りの最中かと……」
「構わん。聖女なら、王太子の呼び出しに応える義務がある」
その声は、冷たく硬い。
◇
しばらくして、
聖女アーニャは執務室に通された。
顔色は冴えず、
目の下には、薄い影がある。
それでも彼女は、
精一杯、姿勢を正して頭を下げた。
「お呼びでしょうか、殿下」
リチャードは、机に手をつき、
彼女を見下ろす。
「アーニャ。
最近の天候について、どう考えている」
唐突な問いに、
彼女は一瞬、言葉を失った。
「……全力で祈っております。
ですが、神の御心は……」
「神の御心、か」
リチャードの声が、低くなる。
「それは便利な言葉だな。
だが民は、御心では腹を満たせない」
アーニャの肩が、わずかに震えた。
◇
「君は、奇跡を起こした。
だから私は、君を選んだ」
リチャードは続ける。
「だが、その奇跡が続かない。
これでは、前の聖女と何が違う?」
その言葉に、
アーニャの胸が、強く締め付けられる。
前の聖女。
ポーラ・スター。
比較されるたびに、
自分が削られていく感覚。
「……私、まだ……」
「まだ?」
リチャードは、苛立ちを隠さず、
言葉を重ねた。
「“まだ”では困る。
聖女とは、結果を出す存在だ」
それは、
彼自身の焦りでもあった。
◇
「……分かりました」
アーニャは、小さく答えた。
声は震えていたが、
否定する言葉は出てこない。
否定できるほどの自信が、
すでに、削り取られていた。
「もっと祈れ。
もっと、奇跡を起こせ」
その命令は、
祈りを、義務へと変える。
「できなければ……」
リチャードは言いかけ、
言葉を飲み込んだ。
だが、続きを想像するのは容易だった。
◇
アーニャは、深く頭を下げ、
静かに執務室を後にした。
廊下を歩きながら、
胸の奥で、何かが軋む音がする。
(私……役に立っていない?)
それは、
これまで必死に避けてきた問いだった。
◇
一方、その日の夜。
フォージャー子爵は、
王城からの様子を聞き、
静かにため息をついた。
「……始まったか」
期待が、
責任へ。
責任が、
非難へ。
それは、
よくある流れだった。
そして、その先にあるものも――。
◇
スター公爵家。
分厚い扉の向こうで、
ポーラは、今日も静かに過ごしている。
扉の外が、
どれほど騒がしくなっているかを、
彼女は知らない。
だが、ペンを取る手が、
ほんの少し、止まった。
『最近、空が落ち着きません』
そう書きかけて、
しばらく考え、
その紙を貼らずに、机に置いた。
言葉にしなくても、
空は、すでに答えている。
◇
王太子リチャードの苛立ちは、
確かに、聖女アーニャへと向けられた。
だが本当は――
自らの判断への疑念から、
目を背けるための矛先だった。
その歪みは、
静かに、
しかし確実に、
王国を追い詰めていく。
嵐は、
もう遠くない。
空は、
重く、
息を詰めていた。
王城の空気は、重く沈んでいた。
曇天が続くせいだけではない。
人々の感情そのものが、よどみ始めている。
◇
王太子リチャードは、執務室の窓辺に立ち、
灰色の空を睨みつけていた。
「……いつまで、こんな天気が続くつもりだ」
独り言のように吐き捨てる。
背後では、側近が報告書を抱え、
言葉を選びながら口を開いた。
「本日も、北部で局地的な突風が確認されました。
作物への被害は軽微ですが……」
「軽微、軽微と……」
リチャードは振り返り、
苛立ちを隠そうともせずに言った。
「それが毎日積み重なれば、どうなるか分かっているのか?」
側近は、何も言えずに視線を落とす。
リチャード自身も、
苛立ちの理由を正確に言語化できていなかった。
だが、胸の奥にある感情は、はっきりしている。
――期待した結果が、出ていない。
◇
その苛立ちは、
やがて、向かう先を見つける。
「……アーニャを呼べ」
側近が、わずかにためらった。
「今も祈りの最中かと……」
「構わん。聖女なら、王太子の呼び出しに応える義務がある」
その声は、冷たく硬い。
◇
しばらくして、
聖女アーニャは執務室に通された。
顔色は冴えず、
目の下には、薄い影がある。
それでも彼女は、
精一杯、姿勢を正して頭を下げた。
「お呼びでしょうか、殿下」
リチャードは、机に手をつき、
彼女を見下ろす。
「アーニャ。
最近の天候について、どう考えている」
唐突な問いに、
彼女は一瞬、言葉を失った。
「……全力で祈っております。
ですが、神の御心は……」
「神の御心、か」
リチャードの声が、低くなる。
「それは便利な言葉だな。
だが民は、御心では腹を満たせない」
アーニャの肩が、わずかに震えた。
◇
「君は、奇跡を起こした。
だから私は、君を選んだ」
リチャードは続ける。
「だが、その奇跡が続かない。
これでは、前の聖女と何が違う?」
その言葉に、
アーニャの胸が、強く締め付けられる。
前の聖女。
ポーラ・スター。
比較されるたびに、
自分が削られていく感覚。
「……私、まだ……」
「まだ?」
リチャードは、苛立ちを隠さず、
言葉を重ねた。
「“まだ”では困る。
聖女とは、結果を出す存在だ」
それは、
彼自身の焦りでもあった。
◇
「……分かりました」
アーニャは、小さく答えた。
声は震えていたが、
否定する言葉は出てこない。
否定できるほどの自信が、
すでに、削り取られていた。
「もっと祈れ。
もっと、奇跡を起こせ」
その命令は、
祈りを、義務へと変える。
「できなければ……」
リチャードは言いかけ、
言葉を飲み込んだ。
だが、続きを想像するのは容易だった。
◇
アーニャは、深く頭を下げ、
静かに執務室を後にした。
廊下を歩きながら、
胸の奥で、何かが軋む音がする。
(私……役に立っていない?)
それは、
これまで必死に避けてきた問いだった。
◇
一方、その日の夜。
フォージャー子爵は、
王城からの様子を聞き、
静かにため息をついた。
「……始まったか」
期待が、
責任へ。
責任が、
非難へ。
それは、
よくある流れだった。
そして、その先にあるものも――。
◇
スター公爵家。
分厚い扉の向こうで、
ポーラは、今日も静かに過ごしている。
扉の外が、
どれほど騒がしくなっているかを、
彼女は知らない。
だが、ペンを取る手が、
ほんの少し、止まった。
『最近、空が落ち着きません』
そう書きかけて、
しばらく考え、
その紙を貼らずに、机に置いた。
言葉にしなくても、
空は、すでに答えている。
◇
王太子リチャードの苛立ちは、
確かに、聖女アーニャへと向けられた。
だが本当は――
自らの判断への疑念から、
目を背けるための矛先だった。
その歪みは、
静かに、
しかし確実に、
王国を追い詰めていく。
嵐は、
もう遠くない。
空は、
重く、
息を詰めていた。
0
あなたにおすすめの小説
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
【完結】薔薇の花をあなたに贈ります
彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。
目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。
ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。
たが、それに違和感を抱くようになる。
ロベルト殿下視点がおもになります。
前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!!
11話完結です。
この度改編した(ストーリーは変わらず)をなろうさんに投稿しました。
【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない
たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。
あなたに相応しくあろうと努力をした。
あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。
なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。
そして聖女様はわたしを嵌めた。
わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。
大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。
その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。
知らずにわたしはまた王子様に恋をする。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
役立たずと捨てられた万能建築士、隣国で「聖域」を造って無双する。今さら復興のために戻れ? ご自分たちで瓦礫でも積んでいればよろしいのでは?
しょくぱん
恋愛
「お前の魔法は石を積むだけの土木作業だ」と婚約破棄されたので、城を支えていた『構造維持結界』をすべて解除して出て行きますね。今さら「城が崩れる!」と泣きつかれても、私は隣国で氷結の皇帝陛下と「世界最高の聖域」を造っていますので、一切知りません。
王国唯一の建築魔導師アニエスは、その地味な見た目と能力を理由に、王太子シグムンドから婚約破棄と国外追放を言い渡される。 彼の隣には、派手な光魔法を使う自称聖女の姿があった。
「お前の代わりなどいくらでもいる。さっさと出て行け!」 「……分かりました。では、城にかけていた『自動修復』『耐震』『空調』の全術式を解約しますね」
アニエスが去った直後、王城は音を立てて傾き、噴水は泥水に変わり、王都のインフラは崩壊した。 一方、アニエスは隣国の荒野で、呪われた皇帝レオンハルトと出会う。彼女が何気なく造った一夜の宿は、呪いを浄化するほどの「聖域」だった。
「君は女神か? どうか私の国を救ってほしい」 「喜んで。ついでに世界一快適な住居も造っていいですか?」
隣国がアニエスの力で黄金の国へと発展する一方、瓦礫の山となった母国からは「戻ってきてくれ」と悲痛な手紙が届く。 だが、アニエスは冷ややかに言い放つ。 「お断りします。契約外ですので、ご自分で支えていればよろしいのでは?」
これは、捨てられた万能建築士が隣国で溺愛され、幸せを掴む物語。 そして、彼女を捨てた者たちが、物理的にも社会的にも「崩壊」し、最後には彼女が架ける橋の『礎石』として永遠に踏まれ続けるまでの、壮絶な因果応報の記録。
氷の公爵は、捨てられた私を離さない
空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。
すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。
彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。
アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。
「君の力が、私には必要だ」
冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。
彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。
レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。
一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。
「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。
これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる