引きこもり聖女は祈らない

鷹 綾

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第22話 一致する日

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第22話 一致する日

 フォージャー子爵は、執務机の上に広げた書類から、しばらく目を離せずにいた。

 それらは、天候報告。
 被害報告。
 そして――人事記録。

 一見、無関係に見える紙の束。
 だが、彼の中では、すでに一本の線で繋がり始めていた。

 ◇

 「……やはり、ここだ」

 彼の指が止まったのは、
 ある日付。

 聖女ポーラ・スター解任の日。

 その日を境に、
 記録は変わっている。

 それまでの天候は、
 「安定」「平年並み」という言葉が並んでいた。

 豪雨も、干ばつも、
 突風も、冷害もない。

 奇跡的ではない。
 だが、確かに穏やかだった。

 「……異常は、ここからだ」

 解任の翌日。
 局地的な突風。

 三日後。
 不規則な降雨。

 一週間後。
 季節外れの冷え込み。

 どれも単発では説明がつく。
 だが、連続すると話は違う。

 ◇

 「偶然……ではないな」

 フォージャーは、静かに息を吐いた。

 医師として、
 彼は“経過”を見ることに慣れている。

 一つの症状ではなく、
 流れを見る。

 そして今、
 王国全体が、
 一つの症例に見え始めていた。

 ◇

 その日の午後。

 フォージャーは、スター公爵家を訪れた。

 いつものように、
 分厚い扉の前に立つ。

 「……失礼します」

 返事はない。
 だが、もう慣れた。

 彼は、ゆっくりと話し始める。

 「最近、王都では天候の話ばかりです。
  雨、風、冷え込み……」

 少し間を置く。

 「記録を見ていて、気づいたことがあります」

 扉の向こうは、静かだ。

 それでも彼は、続ける。

 「異変が始まった日が、
  あなたが聖女を解任された日と――
  ぴたりと一致している」

 その言葉を、
 断定調ではなく、
 あくまで事実として置く。

 ◇

 しばらくして、
 扉の下から、紙が一枚、そっと差し出された。

 短いメモ。

 『……そうですか』

 それだけ。

 感情の色は、読み取れない。

 だがフォージャーは、
 胸の奥で、確信を深めた。

 ◇

 「あなたは、祈っていなかった」

 彼は、責めるでもなく、
 諭すでもなく言う。

 「それでも、天候は安定していた」

 沈黙。

 「逆に、今は祈りが続いている。
  けれど、安定しない」

 彼は、少しだけ声を落とす。

 「……力の使い方の問題ではない。
  在り方の問題だ」

 ◇

 その頃、王城。

 王太子リチャードもまた、
 似たような書類を眺めていた。

 だが彼は、
 そこから“結論”を引き出せずにいる。

 「……なぜだ」

 災害は起きている。
 だが、致命的ではない。

 新聖女は祈っている。
 だが、結果が続かない。

 頭の中で、
 二つの事実が噛み合わない。

 そこに、側近が報告を持ってきた。

 「子爵フォージャーが、
  天候と人事の関連について、調査を進めているようです」

 「……余計なことを」

 リチャードは、顔をしかめる。

 (もし、それが事実なら――)

 その先を、
 考えたくなかった。

 ◇

 夕暮れ。

 スター公爵家の一室。

 ポーラは、机に向かい、
 一枚の紙を前にしていた。

 ペンを持ったまま、
 しばらく動かない。

 やがて、
 小さく文字を書く。

 『私がいなくなってから、
  空が落ち着かないなら』

 そこで、手が止まる。

 その先は、
 まだ、書かれない。

 ◇

 フォージャーは、帰り際、
 最後に一言だけ、扉に向かって言った。

 「まだ、断定はしません。
  ですが……」

 「一致は、無視できない」

 それは、
 医師としての誠実さだった。

 ◇

 王国は、
 まだ真実に辿り着いていない。

 だが――
 点は、確実に線になり始めている。

 あとは、
 それを直視する覚悟が、
 誰にあるか、だった。
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