引きこもり聖女は祈らない

鷹 綾

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第37話 役割の終わり

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第37話 役割の終わり

 その日も、スター公爵家は静かだった。

 王都では、王太子失踪後の処理と権力の空白をめぐり、慌ただしい動きが続いているという。
 だが、その喧騒は、この屋敷の奥まった一室までは届かない。

 ポーラ・スターは、いつも通り、窓際の椅子に座っていた。

 背筋を伸ばしているわけでもなく、
 崩れているわけでもない。

 ただ、自然な姿勢で、そこにいる。

 扉の外から、足音が聞こえた。

 規則正しく、落ち着いた歩幅。
 毎日、ほぼ同じ時刻に訪れる人物のものだ。

 ロードリック・フォージャー子爵。

 彼は、扉の前で足を止める。
 ノックはしない。

 この扉は、開けさせるためのものではないと、
 彼自身が理解している。

 しばらく、気配が留まる。

 やがて、
 何かを伝えるために来たのだろうという気配だけを残し、
 再び足音は遠ざかっていった。

 ポーラは、その一連の流れを、
 いつものこととして受け止めていた。

 胸は、苦しくならない。
 息も、乱れない。

 それが、何よりの変化だった。

 机の上には、紙とペンが置かれている。

 かつては、
 聖女としての役割を果たすために、
 何度も手に取ったもの。

 未来を知らせ、
 災厄を警告し、
 世界を守るための道具。

 今は、
 触れられることもなく、
 静かにそこにある。

 それを見つめながら、
 ポーラは、ある事実を、ゆっくりと受け入れていた。

 自分は、もう聖女ではない。

 役割は終わった。
 求められていない。
 期待もされていない。

 だが、それは――
 空っぽになることを意味しなかった。

 世界は、回っている。

 自分が祈らなくても、
 警告を書かなくても、
 空は荒れず、
 大地は崩れない。

 その現実は、
 残酷ではなく、
 むしろ、優しかった。

 誰か一人が、
 すべてを背負う必要はない。

 そのことを、
 身体の奥で理解できたとき、
 肩の重みが、確かに消えていた。

 ポーラは、
 視線を窓の外へ向ける。

 庭の木々が、
 風に揺れている。

 葉の影が、
 床に、柔らかく映る。

 それを見て、
 彼女は、ほんの少しだけ、
 椅子の位置を変えた。

 窓に、近づく。

 それだけの動き。

 誰にも気づかれないほど、
 小さな変化。

 だが、
 それは、
 誰かに命じられたものではなかった。

 自分で選んだ行動だった。

 扉は、閉じたままだ。

 それでも、
 ポーラ・スターの中で、
 確かに、
 一つの時代が終わっていた。

 聖女としての人生は、
 静かに幕を下ろした。

 そして、
 まだ名前のつかない日々が、
 音もなく、
 始まろうとしていた。
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