引きこもり聖女は祈らない

鷹 綾

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第38話 静かな日常

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第38話 静かな日常

 スター公爵家の奥の一室では、同じような日々が、淡々と積み重なっていた。

 朝が来て、
 光が差し、
 夜が訪れる。

 それだけのこと。

 かつて、この部屋は祈りの場だった。
 聖女としての役割を果たすための、隔離された空間。

 今は違う。

 ポーラ・スターは、椅子に腰掛け、
 窓の外を眺めているだけだった。

 何かを考えているわけでもない。
 何かを待っているわけでもない。

 ただ、
 時間が流れていくのを、
 受け止めている。

 扉の外を、人の気配が通り過ぎる。

 足音。
 衣擦れ。
 遠ざかる気配。

 以前なら、その一つ一つが、
 神経を逆撫でしていた。

 今は、違う。

 それらは、
 外の世界が動いている証として、
 静かに認識されるだけだった。

 毎日、決まった頃合いになると、
 廊下の奥から足音が聞こえる。

 立ち止まる気配。
 そして、しばらくして、去っていく気配。

 扉は、開かれない。

 ノックも、ない。

 それでも、その存在が、
 この部屋の静けさを壊すことはなかった。

 ポーラは、
 机の上に置かれた紙とペンに、
 視線を落とす。

 以前は、
 未来を知らせるために使っていた。

 災害の予兆。
 危険の警告。
 避けられない出来事。

 今は、
 白いままだ。

 書くべき言葉が、
 存在しない。

 それは、
 世界が安定している証でもあり、
 彼女自身が、
 もう役割を背負っていない証でもあった。

 時間は、確実に流れている。

 だが、
 何かに追われることはない。

 祈らなくても、
 叱責されることはない。

 期待されない。
 求められない。

 その事実が、
 少しずつ、
 彼女の呼吸を、深くしていった。

 窓の外で、
 木々が揺れる。

 葉が、光を受けて、
 柔らかく輝いている。

 その光を見つめながら、
 ポーラは、
 ほんのわずかに、
 身体の向きを変えた。

 椅子の位置が、
 少しだけ、窓に近づく。

 それだけの変化。

 誰にも気づかれないほど、
 小さな一歩。

 けれど、
 それは、
 彼女自身の意思だった。

 扉は、まだ閉じている。

 だが、
 それはもう、
 彼女を閉じ込めるためのものではない。

 必要な距離を、
 保つための境界。

 静かな日常の中で、
 ポーラ・スターは、
 少しずつ、
 外の世界を受け入れ始めていた。

 言葉は、まだ、必要ない。

 この静けさが、
 次に続くための、
 準備だった。
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