『完璧すぎる令嬢は婚約破棄を歓迎します ~白い結婚のはずが、冷徹公爵に溺愛されるなんて聞いてません~』

鷹 綾

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第15話 王太子の決断

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第15話 王太子の決断

 断られた――
 その事実は、アルトゥーラ・レグナードの胸に、
 静かに、しかし確実に沈殿していた。

「……使者は、そう言ったのだな」

 執務室で、
 彼は低い声で問い返す。

「はい。
 エミーラ様は、
 “ここが自分の居場所だ”と……」

 それ以上、聞く必要はなかった。

「下がれ」

 短く告げると、
 侍従は一礼して退室する。

 扉が閉まり、
 静寂。

「……居場所、か」

 アルトゥーラは、
 机に肘をつき、
 額に手を当てた。

(なぜだ)

 彼女は、
 自分の隣にいるはずだった。

 完璧で、
 何でもできて、
 だが“俺を立ててくれる存在”。

 そう思っていた。

(……違った)

 今になって、
 ようやく気づく。

 彼女は、
 自分を立てていたのではない。

 “支えていた”のだ。

 そして、
 支えを失った今――

「……認めるわけにはいかない」

 呟きは、
 次第に硬さを帯びる。

「間違っていた、などと」

 もし認めれば、
 王太子としての自分が、
 音を立てて崩れる。

 ならば――

(別の答えを、用意すればいい)


---

 その日の夕刻。

 庭園で、
 アウルス・セナートが
 楽しげに花を摘んでいた。

「殿下~、
 お顔、怖いですよ?」

 軽い声。

 アルトゥーラは、
 一瞬だけ立ち止まり、
 彼女を見下ろす。

「アウルス」

「はい?」

「……お前は、
 俺の隣に立つ覚悟があるか?」

 突然の問いに、
 彼女は目を瞬かせた。

「え……?
 もちろんです!」

 少し遅れて、
 元気よく頷く。

「殿下のこと、
 大好きですし!」

 その答えに、
 アルトゥーラの胸の奥が、
 ちくりと痛んだ。

 ――“好き”。

 それだけでは、
 何も回らない。

 だが。

「……ならば」

 彼は、
 自分に言い聞かせるように続ける。

「俺は、
 お前を正式に――」

 一瞬、言葉を区切る。

「王太子妃候補として、
 表に出す」

 アウルスは、
 ぱっと顔を輝かせた。

「えっ……!
 本当ですか!?」

「……ああ」

 それは、
 愛情からの決断ではなかった。

 焦りと、
 意地と、
 誤った対抗心。

(エミーラがいなくても、
 俺はやれる)

 そう証明したかっただけだ。


---

 翌日。

 王宮では、
 新たな噂が駆け巡った。

「王太子殿下、
 新恋人を正式に公表するそうよ」 「平民出身ですって?」 「ええ……
 でも、殿下が選ばれたなら……」

 ざわめき。

 だが、
 そのざわめきは、
 祝福よりも不安に近かった。


---

 一方、アンクレイブ公爵邸。

 エミーラは、
 報告書の一文に目を留めた。

「……王太子、
 動きましたね」

 ゼファーが、
 静かに頷く。

「愚策だ」

 端的な評価。

「だが、
 選んだのは彼自身だ」

 エミーラは、
 書類を閉じ、
 淡々と口にする。

「私は、
 もう関係ありませんわ」

 その声には、
 未練も、怒りもない。

 ただ、
 線を引いた音だけがあった。

 ゼファーは、
 その横顔を見て、
 静かに思う。

(……守るべきものは、
 こちらにある)


---

 王都では。

 アルトゥーラが、
 誤った決断を“前進”だと信じ、
 一歩を踏み出していた。

 だがそれは――

 引き返せない道へ、
 自ら足を踏み入れた瞬間でもあった。


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