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第19話 王であることを、誰も確認しなくなった日
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第19話 王であることを、誰も確認しなくなった日
王都は、機能していた。
結界は安定し、物流は回り、税の徴収も滞りなく行われている。
街灯は夜を均一に照らし、魔導暖房は過不足なく熱を配分する。
市場には人が戻り、子どもたちは安心して走り回っていた。
――国としては、正常だ。
だが、その「正常さ」の中心に、
王の姿はなかった。
王宮の朝会。
出席者は揃っている。
財務卿、軍務卿、魔導庁幹部、書記官。
ただ一人、
発言を求められない者がいた。
「……では、次に」
議事進行は、滞りなく続く。
「結界管理に関する週次報告です。
管理責任者は――」
書記官は、自然に言った。
「エルフレイド・ヴァルシュタイン顧問の指示により――」
その名前が出ても、誰も違和感を覚えない。
アラルガン王太子は、
ただ黙って座っていた。
――自分が、議題の外にいる。
その事実を、
誰もわざわざ指摘しない。
それは、
もはや確認する必要がないほど、
当たり前になっていたからだ。
「……以上です」
報告が終わる。
「異論は?」
誰も口を開かない。
王太子は、思わず視線を上げる。
――本当に、誰も、私を見ない。
かつては、
一言発するだけで、
全員が姿勢を正した。
今は、
いなくても成立する存在。
会議が終わり、
重臣たちが次々と退出する。
「……殿下」
最後に残ったローディアスが、静かに声をかけた。
「何だ」
「……お気を悪くなさらないでください」
王太子は、苦く笑った。
「悪くなるほど、
何かが残っているように見えるか?」
ローディアスは、答えなかった。
それが、答えだった。
一方、王都の外。
隣国から派遣された技術監査団が、
旧王国の魔導施設を視察していた。
「……なるほど」
「既存設備を活かしながら、
負荷分散を再設計している」
「しかも、応急安定化のはずが、
恒常運用を前提とした構造だ」
彼らは、感嘆を隠さない。
「……この設計者は?」
「エルフレイド・ヴァルシュタイン殿です」
案内役の官僚が、自然に答える。
「王太子殿下は?」
その質問に、
官僚は一瞬だけ言葉を選んだ。
「……最終的な署名を、された方です」
それ以上の説明は、なかった。
監査団は、
それで十分だと理解した。
誰が決め、
誰が動かし、
誰が責任を持っているのか。
現場を見れば、
すべてが分かる。
王宮では、
別の報告が上がっていた。
「……諸外国からの照会が、増えています」
「内容は?」
「魔導障壁安定化の技術提供について、
直接、エルフレイド顧問へ連絡を取りたいと」
財務卿は、淡々と報告する。
「……王宮を通さず?」
「はい」
その場に、
王太子もいた。
だが、
誰も、彼の反応を待たない。
「対応は?」
「顧問の判断に委ねます」
「妥当だ」
即決。
王太子は、
自分が口を挟む余地がないことを、
はっきりと理解した。
――王であることは、
確認されなくなった。
隣国。
エルフレイドは、
簡潔な報告を受けていた。
「旧王国側の施設は、
想定通り安定しています」
「監査団の評価は?」
「非常に高いです」
補佐官が、言葉を選びながら続ける。
「……技術供与の打診が、
複数国から来ています」
「回答は、統一してください」
エルフレイドは、即答する。
「私個人としては、
旧王国以外への直接供与は行いません」
「理由は?」
「影響範囲が大きすぎます」
彼女は、淡々と説明する。
「技術は、
運用する組織と倫理が伴わなければ、
災厄になります」
ゼノスは、その言葉に頷いた。
「相変わらず、現実的だ」
「仕事ですから」
その頃、王宮の私室。
王太子は、
一通の未送付の文書を見つめていた。
――エルフレイド宛。
内容は、
短い。
《一度、話がしたい》
それだけ。
謝罪でも、命令でもない。
立場を曖昧にした、
逃げの一文。
「……送っても」
彼は、呟く。
「……意味は、ないな」
返事が来ない理由を、
彼はもう知っている。
彼女は、
返事をしないのではない。
返事をする必要がないのだ。
王太子は、文書を引き出しに戻した。
そして、気づく。
この引き出しには、
未送付の文書が、
何通も溜まっていることに。
命令。
通達。
要請。
すべて、
出す前に不要になったものだ。
「……私は」
彼は、静かに呟く。
「……いつから、
王でなくなった?」
答えは、
誰も教えてくれない。
だが、世界は、
すでに答えを出している。
国は、動いている。
民は、守られている。
外交も、回り始めている。
その中心にいるのは、
一人の名。
エルフレイド・ヴァルシュタイン。
王であることを、
誰も確認しなくなった日。
それは、
王位が奪われた日ではない。
王位が、不要になった日だった。
王都は、機能していた。
結界は安定し、物流は回り、税の徴収も滞りなく行われている。
街灯は夜を均一に照らし、魔導暖房は過不足なく熱を配分する。
市場には人が戻り、子どもたちは安心して走り回っていた。
――国としては、正常だ。
だが、その「正常さ」の中心に、
王の姿はなかった。
王宮の朝会。
出席者は揃っている。
財務卿、軍務卿、魔導庁幹部、書記官。
ただ一人、
発言を求められない者がいた。
「……では、次に」
議事進行は、滞りなく続く。
「結界管理に関する週次報告です。
管理責任者は――」
書記官は、自然に言った。
「エルフレイド・ヴァルシュタイン顧問の指示により――」
その名前が出ても、誰も違和感を覚えない。
アラルガン王太子は、
ただ黙って座っていた。
――自分が、議題の外にいる。
その事実を、
誰もわざわざ指摘しない。
それは、
もはや確認する必要がないほど、
当たり前になっていたからだ。
「……以上です」
報告が終わる。
「異論は?」
誰も口を開かない。
王太子は、思わず視線を上げる。
――本当に、誰も、私を見ない。
かつては、
一言発するだけで、
全員が姿勢を正した。
今は、
いなくても成立する存在。
会議が終わり、
重臣たちが次々と退出する。
「……殿下」
最後に残ったローディアスが、静かに声をかけた。
「何だ」
「……お気を悪くなさらないでください」
王太子は、苦く笑った。
「悪くなるほど、
何かが残っているように見えるか?」
ローディアスは、答えなかった。
それが、答えだった。
一方、王都の外。
隣国から派遣された技術監査団が、
旧王国の魔導施設を視察していた。
「……なるほど」
「既存設備を活かしながら、
負荷分散を再設計している」
「しかも、応急安定化のはずが、
恒常運用を前提とした構造だ」
彼らは、感嘆を隠さない。
「……この設計者は?」
「エルフレイド・ヴァルシュタイン殿です」
案内役の官僚が、自然に答える。
「王太子殿下は?」
その質問に、
官僚は一瞬だけ言葉を選んだ。
「……最終的な署名を、された方です」
それ以上の説明は、なかった。
監査団は、
それで十分だと理解した。
誰が決め、
誰が動かし、
誰が責任を持っているのか。
現場を見れば、
すべてが分かる。
王宮では、
別の報告が上がっていた。
「……諸外国からの照会が、増えています」
「内容は?」
「魔導障壁安定化の技術提供について、
直接、エルフレイド顧問へ連絡を取りたいと」
財務卿は、淡々と報告する。
「……王宮を通さず?」
「はい」
その場に、
王太子もいた。
だが、
誰も、彼の反応を待たない。
「対応は?」
「顧問の判断に委ねます」
「妥当だ」
即決。
王太子は、
自分が口を挟む余地がないことを、
はっきりと理解した。
――王であることは、
確認されなくなった。
隣国。
エルフレイドは、
簡潔な報告を受けていた。
「旧王国側の施設は、
想定通り安定しています」
「監査団の評価は?」
「非常に高いです」
補佐官が、言葉を選びながら続ける。
「……技術供与の打診が、
複数国から来ています」
「回答は、統一してください」
エルフレイドは、即答する。
「私個人としては、
旧王国以外への直接供与は行いません」
「理由は?」
「影響範囲が大きすぎます」
彼女は、淡々と説明する。
「技術は、
運用する組織と倫理が伴わなければ、
災厄になります」
ゼノスは、その言葉に頷いた。
「相変わらず、現実的だ」
「仕事ですから」
その頃、王宮の私室。
王太子は、
一通の未送付の文書を見つめていた。
――エルフレイド宛。
内容は、
短い。
《一度、話がしたい》
それだけ。
謝罪でも、命令でもない。
立場を曖昧にした、
逃げの一文。
「……送っても」
彼は、呟く。
「……意味は、ないな」
返事が来ない理由を、
彼はもう知っている。
彼女は、
返事をしないのではない。
返事をする必要がないのだ。
王太子は、文書を引き出しに戻した。
そして、気づく。
この引き出しには、
未送付の文書が、
何通も溜まっていることに。
命令。
通達。
要請。
すべて、
出す前に不要になったものだ。
「……私は」
彼は、静かに呟く。
「……いつから、
王でなくなった?」
答えは、
誰も教えてくれない。
だが、世界は、
すでに答えを出している。
国は、動いている。
民は、守られている。
外交も、回り始めている。
その中心にいるのは、
一人の名。
エルフレイド・ヴァルシュタイン。
王であることを、
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それは、
王位が奪われた日ではない。
王位が、不要になった日だった。
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