白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾

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第七話 免税の旗の下に

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第七話 免税の旗の下に

 修道院の朝は、いつも同じ鐘の音で始まる。

 だが、その日だけは違っていた。

 門の前に、王都の商人たちが列をなしていたのだ。

 彼らの目的は明確だった。
 聖マリアンヌ修道院が製造する薬品の販売権。

 修道院製の鎮痛薬と止血軟膏は、すでに王都の医師たちの間で評判になっている。純度が高く、価格が抑えられ、何より教会印が押されている。

 信用という名の盾。

 院長が私を見る。

「あなたが前面に出なさい」

「よろしいのですか」

「あなたの計画でしょう」

 私は頷き、応接室へ向かう。

 修道院の応接室は質素だが、清潔で整っている。商人たちはやや緊張した様子で席に着いていた。

 私は修道服のまま、正面に座る。

「本日はお越しいただきありがとうございます」

 礼を述べると、最年長の商人が口を開く。

「修道院様の薬品を我々の商会で扱わせていただきたい」

「条件は」

「販売利益の一割を寄進として」

 私は微笑む。

「修道院は免税特権を持ちます」

 商人の顔色が変わる。

「直接販売の方が、利益は大きい。ですが輸送網は貴方方の方が整っている」

「では」

「三割」

 静かな衝撃が走る。

「三割ですか」

「代わりに、独占契約は結びません」

 商人たちは顔を見合わせる。

「競争を残すのですか」

「価格を安定させるために」

 私は淡々と続ける。

「修道院は慈善を目的とします。市場を荒らすつもりはございません。ただ、秩序を保つのみ」

 それは本心だった。

 力は使い方次第で暴力になる。

 だが秩序に組み込めば、支配になる。

 商談は成立した。

 修道院は流通網を手に入れた。

 ◇

 一方、ヴァルケン家では。

 返還期限が目前に迫っていた。

 鉄鉱山の権利はすでに移管済み。港湾通行税も修道院名義に切り替わった。

 残るは現金清算。

 だが、資金は足りない。

「領地を売るしかない」

 会計官の声は震えていた。

「売れば家格が」

「存続できねば意味がない!」

 レオナルトは机を叩く。

 誇りはある。

 だが現実は冷酷だ。

 彼は初めて理解する。

 婚姻無効とは、ただの名誉問題ではない。

 契約の消滅。

 権利の消滅。

 資産の消滅。

 ◇

 修道院の温室では、南方から届いた新種の薬草が芽を出していた。

 私は膝を折り、若い修道女に教える。

「この葉は乾燥させると効能が倍になります」

「本当に市場に勝てるのでしょうか」

「勝つ必要はありません」

 私は微笑む。

「市場を包み込めばいいのです」

 免税、信頼、慈善。

 三つの柱が揃えば、競争は自然と傾く。

 ◇

 数日後、王都の貴族たちが修道院を訪れ始めた。

 寄進を申し出る者。

 娘を預けたいと願う者。

 表向きは信仰。

 だが実際は——

 安全圏への投資。

 修道院はもはや、祈りの場であると同時に、安定資産だった。

 院長が言う。

「あなたが来てから、ここは変わった」

「変わるべきだったのです」

「後悔は」

「ございません」

 それは本当だった。

 三年間の沈黙は、私を弱くしなかった。

 むしろ強くした。

 触れられなかった空白は、いまや私の盾になっている。

 夜。

 私は塔の上から王都を見下ろす。

 灯りが揺れている。

 そのどこかで、レオナルトも同じ夜を見ているのだろう。

 だが、私たちの立つ場所は違う。

 彼は失う側。

 私は積み上げる側。

 鐘が鳴る。

 祈りの時間。

 私は静かに目を閉じる。

 神の名の下に、免税の旗は翻る。

 白い誓約は終わった。

 だが、白の支配は、これから始まる。
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