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第十九話 継承という名の罠
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第十九話 継承という名の罠
貴族評議会の動きは、すぐに形を変えた。
露骨な「持参金制限法案」は一旦引き下げられたが、その代わりに別の案が浮上する。
――未亡人が修道院に入る場合、家門の継承権を完全に放棄すること。
一見すると当然の条件。
だがその条文には、巧妙な罠が仕込まれていた。
私は写しを読み、静かに眉を寄せる。
「“将来的な相続請求権の永久放棄”」
院長が低く言う。
「つまり、実家の兄が死に、甥が死に、誰も継ぐ者がいなくなっても、修道院に入った娘は相続できない」
「家門の財産を修道院へ流さぬための防壁ですね」
未亡人の持参金は守れても、本家の財が流入する可能性を断つ。
長期的封じ込め。
「巧妙です」
私は机に指を置く。
「だが、穴があります」
◇
数日後、修道院に一人の若い令嬢が訪れた。
未亡人ではない。独身の次女。
「兄が病弱で、跡継ぎが不確かです」
彼女は真っ直ぐに言う。
「評議会は、私に修道院へ入る誓約書への署名を求めています」
「なぜ」
「家門の財を守るため、と」
私は理解する。
将来的な相続権をあらかじめ放棄させることで、財の流出を防ぐ。
「あなたは入る意思があるのですか」
「いいえ。ですが、署名を拒めば家族を裏切ると」
家族という圧力。
私は静かに答える。
「未来の相続権は、現時点で確定していません」
彼女が首を傾げる。
「未確定の権利を放棄する契約は、法的に無効となる可能性があります」
「本当ですか」
「法は“具体的利益”を前提にします」
未来に起こるかもわからぬ継承を、永久に放棄する。
それは過度に広い。
「修道院はあなたの意思を尊重します」
彼女はしばらく黙り、やがて言う。
「私は署名しません」
その選択が、波紋を生む。
◇
評議会は予想外の反応に直面する。
令嬢たちが署名を拒否し始めたのだ。
修道院が裏で法的助言をしているという噂も立つ。
だが事実は単純だ。
条文を読んだだけ。
曖昧さを指摘しただけ。
ヴァルケン家でも議論が起きていた。
「相続放棄の強制は反発を招く」
レオナルトは冷静に言う。
「彼女は法を盾にしている」
彼は苦く笑う。
「かつては婚姻無効で家門を崩した。今度は相続条文か」
◇
王宮。
王太子は財務官に問う。
「評議会は行き過ぎではないか」
「焦っています」
「修道院が血統を奪うと」
「奪ってはいません。選択肢を増やしているだけです」
財務官の言葉は静かだった。
◇
修道院の図書館。
未亡人修道女たちが条文を精査し、若い令嬢に説明する。
「契約は理解してから署名なさい」
「理解できぬ条文には、同意する必要はありません」
私は彼女たちを見守る。
かつて私が経験した未完成の契約。
それは理解も同意も伴わなかった。
だから無効となった。
夜、塔の上。
王都の灯りが広がる。
継承は鎖ではない。
血統は義務ではない。
未来の権利を守ることは、反逆ではない。
白い誓約は終わった。
だが白い条文は、次々と書き換えられていく。
鐘が鳴る。
私は目を閉じる。
契約は読む者の武器となる。
それを知った者は、もう従うだけではいられない。
貴族評議会の動きは、すぐに形を変えた。
露骨な「持参金制限法案」は一旦引き下げられたが、その代わりに別の案が浮上する。
――未亡人が修道院に入る場合、家門の継承権を完全に放棄すること。
一見すると当然の条件。
だがその条文には、巧妙な罠が仕込まれていた。
私は写しを読み、静かに眉を寄せる。
「“将来的な相続請求権の永久放棄”」
院長が低く言う。
「つまり、実家の兄が死に、甥が死に、誰も継ぐ者がいなくなっても、修道院に入った娘は相続できない」
「家門の財産を修道院へ流さぬための防壁ですね」
未亡人の持参金は守れても、本家の財が流入する可能性を断つ。
長期的封じ込め。
「巧妙です」
私は机に指を置く。
「だが、穴があります」
◇
数日後、修道院に一人の若い令嬢が訪れた。
未亡人ではない。独身の次女。
「兄が病弱で、跡継ぎが不確かです」
彼女は真っ直ぐに言う。
「評議会は、私に修道院へ入る誓約書への署名を求めています」
「なぜ」
「家門の財を守るため、と」
私は理解する。
将来的な相続権をあらかじめ放棄させることで、財の流出を防ぐ。
「あなたは入る意思があるのですか」
「いいえ。ですが、署名を拒めば家族を裏切ると」
家族という圧力。
私は静かに答える。
「未来の相続権は、現時点で確定していません」
彼女が首を傾げる。
「未確定の権利を放棄する契約は、法的に無効となる可能性があります」
「本当ですか」
「法は“具体的利益”を前提にします」
未来に起こるかもわからぬ継承を、永久に放棄する。
それは過度に広い。
「修道院はあなたの意思を尊重します」
彼女はしばらく黙り、やがて言う。
「私は署名しません」
その選択が、波紋を生む。
◇
評議会は予想外の反応に直面する。
令嬢たちが署名を拒否し始めたのだ。
修道院が裏で法的助言をしているという噂も立つ。
だが事実は単純だ。
条文を読んだだけ。
曖昧さを指摘しただけ。
ヴァルケン家でも議論が起きていた。
「相続放棄の強制は反発を招く」
レオナルトは冷静に言う。
「彼女は法を盾にしている」
彼は苦く笑う。
「かつては婚姻無効で家門を崩した。今度は相続条文か」
◇
王宮。
王太子は財務官に問う。
「評議会は行き過ぎではないか」
「焦っています」
「修道院が血統を奪うと」
「奪ってはいません。選択肢を増やしているだけです」
財務官の言葉は静かだった。
◇
修道院の図書館。
未亡人修道女たちが条文を精査し、若い令嬢に説明する。
「契約は理解してから署名なさい」
「理解できぬ条文には、同意する必要はありません」
私は彼女たちを見守る。
かつて私が経験した未完成の契約。
それは理解も同意も伴わなかった。
だから無効となった。
夜、塔の上。
王都の灯りが広がる。
継承は鎖ではない。
血統は義務ではない。
未来の権利を守ることは、反逆ではない。
白い誓約は終わった。
だが白い条文は、次々と書き換えられていく。
鐘が鳴る。
私は目を閉じる。
契約は読む者の武器となる。
それを知った者は、もう従うだけではいられない。
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