白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾

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第二十話 王座の空席

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第二十話 王座の空席

 評議会の「相続放棄条項」が揺らぎ始めた頃、王都に別の噂が流れた。

 王太子妃が懐妊しない。

 結婚から五年。まだ後継ぎは生まれていない。

 王家の継承は国家そのものだ。噂はすぐに政治へと変わる。

 王宮から修道院へ密やかな使者が訪れたのは、夜更けだった。

「王妃殿下より、非公式の相談を」

 院長が私を見る。

「お引き受けします」

 王宮の裏門から通された私は、豪奢な私室ではなく、小さな祈祷室へ案内された。

 そこに王妃は一人で立っていた。

「お久しぶりです」

 彼女は私を知っている。社交界にいた頃、何度か言葉を交わした。

「王妃殿下」

「形式は不要よ。今日は女として話したいの」

 彼女の声は震えていた。

「世継ぎができない責任は、すべて私に向けられている」

 私は黙って聞く。

「王太子に問題がある可能性は、誰も口にしない」

 その言葉は重い。

 私は静かに言う。

「医師の診断は」

「曖昧な言葉ばかり。誰も明確にしない」

 それは恐怖だ。

 王太子が不能と認定されれば、王家の威信は崩れる。

「修道院に助言を求めたいの」

「どのような」

「真実を知る方法を」

 私は一瞬、過去を思い出す。

 婚姻無効の裁判。

 不能の確認。

 あの屈辱的な手続き。

「王家であっても、教会法は適用されます」

 王妃は目を伏せる。

「公にすれば、国家が揺らぐ」

「ならば、非公開の医療調査を」

 私は提案する。

「教会医療部門が監督し、記録は封印する」

 王妃はゆっくり頷いた。

「それが可能なら」

 ◇

 数週間後、極秘の医療検査が行われた。

 公には発表されない。

 だが結果は明確だった。

 問題は王妃ではなかった。

 王太子にあった。

 王宮は静まり返る。

 王太子は激怒したという。

 だが証拠は揃っている。

 教会医師の署名、封印文書。

 王妃は初めて涙を流した。

「私は不完全ではなかった」

「不完全な契約は、当事者双方の問題です」

 私は静かに答える。

 未完成は罪ではない。

 だが隠蔽は罪になる。

 王家は選択を迫られる。

 継承のため、側室制度を復活させるか。

 あるいは王太子の廃嫡か。

 王都は緊張に包まれる。

 ヴァルケン家にも情報は届いた。

 レオナルトは低く呟く。

「歴史は繰り返すな」

 かつて不能裁判で失脚した貴族の例は少なくない。

 王家であればなおさらだ。

 修道院は公式声明を出さない。

 だが一つの事実だけが広まる。

 王妃は潔白である。

 それだけで世論は変わる。

 夜、塔の上。

 王宮の灯りはいつもより少ない。

 王座の空席。

 それは血統の問題ではない。

 真実を隠した結果だ。

 白い誓約は終わった。

 だが白い記録は、王家すら覆す。

 鐘が鳴る。

 私は目を閉じる。

 未完成は罪ではない。

 だが偽りは、必ず契約を破壊する。

 そして今、王座そのものが契約の審判を受けようとしていた。
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