白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾

文字の大きさ
38 / 40

第三十八話 返らぬ季節

しおりを挟む
第三十八話 返らぬ季節

 春が巡った。

 疫病の傷跡は薄れつつあるが、完全には消えていない。港湾地区には新しい石畳が敷かれ、診療所は常設施設として整備された。王都は再び活気を取り戻し、商人たちは忙しく行き交う。

 修道院の庭にも花が戻った。

 だが、以前と同じ春ではない。

 エレナの部屋はそのまま残してある。机の上には書きかけの帳簿と、薬草の調合記録。若い修道女たちはそこを通るたびに足を止める。

「院長様、あの部屋は」

「残します」

 私は答える。

「記憶は閉じ込めるものではありません」

 医療部門は正式に発足し、王立医療院と連携する体制が整った。教育制度で育った女性医師たちは、地方へも派遣されるようになる。

 白は祈りの場でありながら、知識の拠点となった。

 王妃は修道院を公式訪問し、医療院設立に感謝を述べた。

「あなたが王妃にならなかった理由が、今はよく分かります」

 彼女は静かに言う。

「外にいるからこそ、守れるものがある」

「王妃には王妃の守り方があります」

 私は応じる。

 王妃は微笑んだ。

「互いに役割を果たしましょう」

 白と赤は交わらない。

 だが並び立つ。

 一方、ヴァルケンは昇進の辞令を受けていた。

 王宮財務監察官。

 疫病対策と復興予算の管理で成果を上げたからだ。

 彼は辞令を手に、しばらく無言だった。

 かつては公爵。

 今は官僚。

 だが肩書きより、責任の重さが違う。

 彼は修道院を訪れる。

「私は変われただろうか」

 唐突な問い。

「変わろうとする限り、変わっています」

 私は答える。

 彼は小さく笑う。

「あなたはいつも冷静だ」

「感情は過去を美化します」

 春風が吹く。

 彼は去る。

 振り返らない。

 白い結婚は終わった。

 だが終わらなかったのは、学びだ。

 夜、私は塔に立つ。

 王都の灯りは柔らかい。

 春は巡る。

 だが返らない季節もある。

 エレナの笑顔。

 若き日の傲慢。

 失われた時間。

 それでも国は続く。

 制度は進む。

 白は変わらない。

 祈りと現実の間に立つ色。

 鐘が鳴る。

 私は目を閉じる。

 返らぬ季節を抱きしめながら、次の季節を迎える。

 白い誓約は、静かに続いている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

出て行けと言ったものの、本当に出て行かれるとは思っていなかった旦那様

睡蓮
恋愛
ジーク伯爵は、溺愛する自身の妹レイアと共謀する形で、婚約者であるユフィーナの事を追放することを決めた。ただその理由は、ユフィーナが婚約破棄を素直に受け入れることはないであろうと油断していたためだった。しかしユフィーナは二人の予想を裏切り、婚約破棄を受け入れるそぶりを見せる。予想外の行動をとられたことで焦りの色を隠せない二人は、ユフィーナを呼び戻すべく様々な手段を講じるのであったが…。

白い結婚は終わりました。――崩れない家を築くまで

しおしお
恋愛
「干渉しないでくださいませ。その代わり、私も干渉いたしません」 崩れかけた侯爵家に嫁いだ私は、夫と“白い結婚”を結んだ。 助けない。口を出さない。責任は当主が負う――それが条件。 焦りと慢心から無謀な契約を重ね、家を傾かせていく夫。 私は隣に立ちながら、ただ見ているだけ。 放置された結果、彼は初めて自分の判断と向き合うことになる。 そして―― 一度崩れかけた侯爵家は、「選び直す力」を手に入れた。 無理な拡張はしない。 甘い条件には飛びつかない。 不利な契約は、きっぱり拒絶する。 やがてその姿勢は王宮にも波及し、 高利契約に歪められた制度そのものを立て直すことに――。 ざまあは派手ではない。 けれど確実。 焦らせた者も、慢心した者も、 気づけば“選ばれない側”になっている。 これは、干渉しない約束から始まる静かな逆転劇。 そして、白い結婚を終え、信頼で立つ家へと変わっていく物語。 隣に立つという選択こそが、最大のざまあでした。

『婚約破棄?結構ですわ。白い結婚で優雅に返り咲きます』

鍛高譚
恋愛
伯爵令嬢アリエルは、幼い頃から決まっていた婚約者――王都屈指の名門・レオポルド侯爵家の嫡男マックスに、ある宴で突然“つまらない女”と蔑まれ、婚約を破棄されてしまう。 だが、それで終わる彼女ではない。むしろ“白い結婚”という形式だけの夫婦関係を逆手に取り、自由な生き方を選ぼうと決意するアリエル。ところが、元婚約者のマックスが闇商人との取引に手を染めているらしい噂が浮上し、いつしか王都全体を揺るがす陰謀が渦巻き始める。 さらに、近衛騎士団長補佐を務める冷徹な青年伯爵リヒトとの出会いが、アリエルの運命を大きく動かして――。 「貴族社会の窮屈さなんて、もうたくさん!」 破談から始まるざまぁ展開×白い結婚の爽快ファンタジー・ロマンス、開幕です。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

心の傷は癒えるもの?ええ。簡単に。

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢セラヴィは婚約者のトレッドから婚約を解消してほしいと言われた。 理由は他の女性を好きになってしまったから。 10年も婚約してきたのに、セラヴィよりもその女性を選ぶという。 意志の固いトレッドを見て、婚約解消を認めた。 ちょうど長期休暇に入ったことで学園でトレッドと顔を合わせずに済み、休暇明けまでに失恋の傷を癒しておくべきだと考えた友人ミンディーナが領地に誘ってくれた。 セラヴィと同じく婚約を解消した経験があるミンディーナの兄ライガーに話を聞いてもらっているうちに段々と心の傷は癒えていったというお話です。

あなたへの愛を捨てた日

柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。 しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。 レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。 「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」 エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。

婚約破棄の翌日に謝罪されるも、再び婚約する気はありません

黒木 楓
恋愛
 子爵令嬢パトリシアは、カルスに婚約破棄を言い渡されていた。  激務だった私は婚約破棄になったことに内心喜びながら、家に帰っていた。  婚約破棄はカルスとカルスの家族だけで決めたらしく、他の人は何も知らない。  婚約破棄したことを報告すると大騒ぎになり、私の協力によって領地が繁栄していたことをカルスは知る。  翌日――カルスは謝罪して再び婚約して欲しいと頼み込んでくるけど、婚約する気はありません。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

処理中です...