真実の愛のお相手は弟の妻でした ―年上悪役令嬢は二十九歳―』

鷹 綾

文字の大きさ
2 / 30

第二話 可哀想な義妹

しおりを挟む
第二話 可哀想な義妹

卒業舞踏会の翌日。

王都は、見事なほど同じ話題で満ちていた。

「聞いたか? 昨日の舞踏会」

「王太子殿下が婚約破棄を宣言したらしい」

「相手はアルヴェイン公爵令嬢だろう?」

「そうだ。あの完璧令嬢の」

噂話は、貴族のサロンでも、商人の店でも、街角のカフェでも広がっていた。

そして、どの話も同じ結論に落ち着く。

「義妹を虐めていたそうだ」

「それで王太子殿下が助けたらしい」

「なんと酷い女だ」

真実など誰も知らない。

だが人は、物語を好む。

そしてこの話は、とても分かりやすい。

高慢な公爵令嬢が、可哀想な妹を虐げていた。

そこに現れたのが、正義の王太子。

これ以上ないほど、分かりやすい話だった。

当然ながら、社交界でもその噂は広がっていた。

王宮のサロン。

貴婦人たちが集まるその場所でも、同じ話題が飛び交っている。

「昨日の舞踏会、ご覧になりまして?」

「ええ。驚きましたわ」

「まさか王太子殿下が婚約破棄をなさるなんて」

一人の婦人が扇で口元を隠す。

「それにしても……」

「ヴィオレッタ様、本当にお可哀想」

別の婦人が頷く。

「そうですわね」

「ずっと虐げられていたそうですわ」

「義理の姉に」

さらに別の婦人が小さく声を潜める。

「聞きました?」

「昨日の舞踏会でも、震えていらしたとか」

「恐怖で声も出なかったそうですわ」

「まぁ……」

同情の声が広がる。

その噂の中心人物は、ちょうどその時、王宮の一室にいた。

ヴィオレッタ・オデット。

栗色の髪を肩まで流し、白いドレスをまとっている。

彼女は窓辺に立ち、外を見ていた。

そして静かにため息をつく。

「……私なんて」

その声はかすかに震えていた。

背後に立つカルディオンが言う。

「そんなことを言うな」

王太子は優しく彼女の肩に手を置いた。

「君は被害者だ」

「すべて、あの女が悪い」

ヴィオレッタは振り向く。

涙が浮かんでいる。

「でも……」

「お姉様は……」

カルディオンは眉をしかめた。

「姉?」

「君を虐げていた女を、まだ姉と呼ぶのか」

ヴィオレッタは慌てて首を振る。

「違います!」

「ただ……」

彼女は俯いた。

「私が至らないせいで」

「お姉様を怒らせてしまったのかもしれません」

カルディオンの表情が険しくなる。

「君は優しすぎる」

「だからあんな女に利用されるんだ」

ヴィオレッタは小さく肩を震わせた。

「……怖かったんです」

その言葉に、カルディオンの怒りが燃え上がる。

「やはりそうか」

「君はずっと耐えていたんだな」

ヴィオレッタは答えない。

ただ涙を拭った。

その姿は、誰が見ても守ってあげたくなるような弱い女性に見える。

カルディオンは彼女の手を取った。

「安心しろ」

「もう大丈夫だ」

「私が守る」

ヴィオレッタは驚いたように目を見開く。

「殿下……」

カルディオンは真剣な顔で言った。

「昨日の宣言は、本気だ」

「私は君と婚約する」

ヴィオレッタは息を呑んだ。

「そんな……」

「私などが……」

カルディオンははっきり言った。

「君がいい」

「公爵令嬢など関係ない」

「私は愛する女性を選ぶ」

その言葉に、ヴィオレッタは再び涙を流す。

だがその涙の奥で、ほんの一瞬だけ。

小さな笑みが浮かんだ。

それをカルディオンは見ていない。

ヴィオレッタは震える声で言う。

「でも……」

「私には、もう」

「身分もありません」

カルディオンは首を振る。

「問題ない」

「王太子妃になればいい」

その言葉に、ヴィオレッタは顔を伏せた。

「そんなこと……」

だがその肩は、震えていた。

喜びを抑えるように。

カルディオンは彼女の様子を見て、満足そうに微笑む。

「決まりだ」

「私は君を選ぶ」

その頃。

王都の反対側。

アルヴェイン公爵邸では、まったく違う空気が流れていた。

フロレンティアは朝の紅茶を飲んでいた。

窓から朝日が差し込み、庭の薔薇が光を受けている。

その向かいに、老執事が立っていた。

「王都の噂ですが」

フロレンティアは紅茶を口に運びながら言う。

「ええ」

「聞かなくても想像できます」

執事は静かに頷いた。

「現在、社交界では」

「お嬢様が義妹を虐げていたという話が主流になっております」

フロレンティアは淡々と言う。

「そうでしょうね」

執事は少しだけ目を細めた。

「よろしいのですか」

フロレンティアはカップを置く。

「問題ありません」

そして穏やかに言った。

「むしろ都合が良い」

執事は一礼する。

「では」

「調査は予定通り進めます」

フロレンティアは頷いた。

「ええ」

そして窓の外を見ながら言う。

「ヴィオレッタ」

その名前を口にした時、彼女の声はとても静かだった。

「あなたは、どこまで演じられるのかしら」

紅茶の湯気が、ゆっくりと空に溶けていく。

まだ誰も知らない。

この騒動が、やがて王国中を巻き込む大事件になることを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?

ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」 その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。 「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

その言葉、今さらですか?あなたが落ちぶれても、もう助けてあげる理由はありません

有賀冬馬
恋愛
「君は、地味すぎるんだ」――そう言って、辺境伯子息の婚約者はわたしを捨てた。 彼が選んだのは、華やかで社交界の華と謳われる侯爵令嬢。 絶望の淵にいたわたしは、道で倒れていた旅人を助ける。 彼の正体は、なんと隣国の皇帝だった。 「君の優しさに心を奪われた」優しく微笑む彼に求婚され、わたしは皇妃として新たな人生を歩み始める。 一方、元婚約者は選んだ姫に裏切られ、すべてを失う。 助けを乞う彼に、わたしは冷たく言い放つ。 「あなたを助ける義理はありません」。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

婚約者の私を見捨てたあなた、もう二度と関わらないので安心して下さい

神崎 ルナ
恋愛
第三王女ロクサーヌには婚約者がいた。騎士団でも有望株のナイシス・ガラット侯爵令息。その美貌もあって人気がある彼との婚約が決められたのは幼いとき。彼には他に優先する幼なじみがいたが、政略結婚だからある程度は仕方ない、と思っていた。だが、王宮が魔導師に襲われ、魔術により天井の一部がロクサーヌへ落ちてきたとき、彼が真っ先に助けに行ったのは幼馴染だという女性だった。その後もロクサーヌのことは見えていないのか、完全にスルーして彼女を抱きかかえて去って行くナイシス。  嘘でしょう。  その後ロクサーヌは一月、目が覚めなかった。  そして目覚めたとき、おとなしやかと言われていたロクサーヌの姿はどこにもなかった。 「ガラット侯爵令息とは婚約破棄? 当然でしょう。それとね私、力が欲しいの」  もう誰かが護ってくれるなんて思わない。  ロクサーヌは力をつけてひとりで生きていこうと誓った。  だがそこへクスコ辺境伯がロクサーヌへ求婚する。 「ぜひ辺境へ来て欲しい」  ※時代考証がゆるゆるですm(__)m ご注意くださいm(__)m  総合・恋愛ランキング1位(2025.8.4)hotランキング1位(2025.8.5)になりましたΣ(・ω・ノ)ノ  ありがとうございます<(_ _)>

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

処理中です...