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第12話 決定は静かに下される
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第12話 決定は静かに下される
王宮の会議室を出たあと、ソフィ・スティ・ケイティッド公爵令嬢は、用意されていた回廊を一人で歩いていた。
足音は静かで、響きすぎることもない。王宮という場所は、感情を外に漏らさない者ほど、自然に溶け込めるようにできている。
先ほどの会議で、何か劇的な言葉が交わされたわけではない。
怒号も、断罪も、涙もなかった。
だが、だからこそ明確だった。
すでに、すべては決まっている。
会議の場で語られたのは、事実の確認だけだった。
舞踏会が公式の場であったこと。
王太子が、そこで婚約破棄を明言したこと。
理由が国家契約を軽視するものであったこと。
撤回の機会が与えられ、それを本人が拒否したこと。
どれも否定の余地がない。
議論する余白がないということは、判断がすでに終わっているという意味でもあった。
ソフィは、会議室での国王の表情を思い出す。
怒りではない。失望でもない。
ただ、疲れ切ったような、静かな諦念。
それが、何より重かった。
――王宮は、もう感情の段階を終えています。
ソフィは、自分にそう言い聞かせる。
ここから先は、誰かの気持ちがどうこうという話ではない。制度として、王国として、どう処理するか。それだけが問題になる。
その頃、別の場所では、まったく違う空気が流れていた。
イディオット・パーソーン王太子は、ようやく側近の一人を捕まえていた。
だが、その表情はどこか硬く、視線を合わせようとしない。
「……父上は、何と言っている」
問いかけは、命令口調だった。
いつもなら、すぐに答えが返ってくる問いだ。
「陛下は……本日は、執務に集中されております」
歯切れの悪い返答。
それだけで、王太子の苛立ちは増した。
「それだけか? 昨夜の件については」
「……正式な判断は、追って」
その言葉に、イディオットは舌打ちしそうになるのを堪える。
追って、という言葉が嫌いだった。先送りにされる感覚が、彼の自尊心を刺激する。
だが、彼はまだ理解していない。
これは先送りではない。
すでに決まったことを、順番に処理しているだけなのだということを。
王宮では、感情の整理よりも、手続きの整合性が優先される。
誰から告げるか。
どの形で公表するか。
どの範囲まで影響が及ぶか。
それらを誤れば、国そのものが揺らぐ。
だからこそ、王太子本人は、今、最も慎重に扱われている。
そしてそれは、決して「守られている」という意味ではなかった。
ソフィは、自室に戻り、静かに窓辺に立つ。
外では、いつもと変わらない王都の朝が広がっている。人々は、まだ何も知らない。だが、やがて知ることになる。
公の場で起きたことは、必ず公に返される。
彼女は、深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
不安がないわけではない。
だが、恐怖もなかった。
自分は、逃げなかった。
公の場で、当事者として立ち、必要な確認を行い、必要な沈黙を守った。
それだけで、十分だ。
王宮のどこかで、書類が整えられ、判が押され、次の段階へと進んでいる。
誰かが声高に宣言しなくても、決定は確実に形を持ち始めていた。
イディオット・パーソーン王太子は、まだそれを知らない。
だが、知らないままでいられる時間は、そう長くはない。
決定は、いつも静かに下される。
そして、静かな決定ほど、覆ることはない。
その事実が、今日という一日を、確実に前へ進めていた。
王宮の会議室を出たあと、ソフィ・スティ・ケイティッド公爵令嬢は、用意されていた回廊を一人で歩いていた。
足音は静かで、響きすぎることもない。王宮という場所は、感情を外に漏らさない者ほど、自然に溶け込めるようにできている。
先ほどの会議で、何か劇的な言葉が交わされたわけではない。
怒号も、断罪も、涙もなかった。
だが、だからこそ明確だった。
すでに、すべては決まっている。
会議の場で語られたのは、事実の確認だけだった。
舞踏会が公式の場であったこと。
王太子が、そこで婚約破棄を明言したこと。
理由が国家契約を軽視するものであったこと。
撤回の機会が与えられ、それを本人が拒否したこと。
どれも否定の余地がない。
議論する余白がないということは、判断がすでに終わっているという意味でもあった。
ソフィは、会議室での国王の表情を思い出す。
怒りではない。失望でもない。
ただ、疲れ切ったような、静かな諦念。
それが、何より重かった。
――王宮は、もう感情の段階を終えています。
ソフィは、自分にそう言い聞かせる。
ここから先は、誰かの気持ちがどうこうという話ではない。制度として、王国として、どう処理するか。それだけが問題になる。
その頃、別の場所では、まったく違う空気が流れていた。
イディオット・パーソーン王太子は、ようやく側近の一人を捕まえていた。
だが、その表情はどこか硬く、視線を合わせようとしない。
「……父上は、何と言っている」
問いかけは、命令口調だった。
いつもなら、すぐに答えが返ってくる問いだ。
「陛下は……本日は、執務に集中されております」
歯切れの悪い返答。
それだけで、王太子の苛立ちは増した。
「それだけか? 昨夜の件については」
「……正式な判断は、追って」
その言葉に、イディオットは舌打ちしそうになるのを堪える。
追って、という言葉が嫌いだった。先送りにされる感覚が、彼の自尊心を刺激する。
だが、彼はまだ理解していない。
これは先送りではない。
すでに決まったことを、順番に処理しているだけなのだということを。
王宮では、感情の整理よりも、手続きの整合性が優先される。
誰から告げるか。
どの形で公表するか。
どの範囲まで影響が及ぶか。
それらを誤れば、国そのものが揺らぐ。
だからこそ、王太子本人は、今、最も慎重に扱われている。
そしてそれは、決して「守られている」という意味ではなかった。
ソフィは、自室に戻り、静かに窓辺に立つ。
外では、いつもと変わらない王都の朝が広がっている。人々は、まだ何も知らない。だが、やがて知ることになる。
公の場で起きたことは、必ず公に返される。
彼女は、深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
不安がないわけではない。
だが、恐怖もなかった。
自分は、逃げなかった。
公の場で、当事者として立ち、必要な確認を行い、必要な沈黙を守った。
それだけで、十分だ。
王宮のどこかで、書類が整えられ、判が押され、次の段階へと進んでいる。
誰かが声高に宣言しなくても、決定は確実に形を持ち始めていた。
イディオット・パーソーン王太子は、まだそれを知らない。
だが、知らないままでいられる時間は、そう長くはない。
決定は、いつも静かに下される。
そして、静かな決定ほど、覆ることはない。
その事実が、今日という一日を、確実に前へ進めていた。
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