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第20話 保証が外れる音
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第20話 保証が外れる音
翌朝、王宮はいつも通りの顔をしていた。
人は歩き、鐘は鳴り、執務は滞りなく進む。外から見れば、何一つ変わっていない。だが内部では、すでに不可逆の工程が進んでいた。
イディオット・パーソーンは、呼び鈴の音で目を覚ました。
眠れなかった夜の名残が、頭を重くしている。
「……入れ」
扉を開けたのは、見慣れた侍従ではなかった。
王家会計局の文官と、法務局の補佐官。二名だけ。
それだけで、嫌な予感は確信に変わる。
「殿下。本日、確認と通達がございます」
その言い回しが、すでに答えだった。
相談でも、説明でもない。通達。つまり、決まったことだ。
机の上に置かれた書類は、昨夜の精算書とは別物だった。
より短く、より冷たい。
見出しに書かれている文言を見た瞬間、喉が鳴る。
――王家保証の一部解除について。
「……一部?」
思わず漏れた言葉に、文官は即答する。
「はい。本日付で、殿下個人名義に関する王家保証は停止されます」
一瞬、言葉が理解できなかった。
停止。解除。
その意味が、ゆっくりと頭に染み込んでくる。
「待て。保証がなければ、俺の……」
「はい。新規契約、借入、支払い猶予は、すべて無効となります」
淡々と告げられる未来。
イディオットは、立ち上がろうとして、足に力が入らないことに気づいた。
保証とは、ただの書類ではない。
それは、彼が世界を動かすための前提条件だった。
「父上は……この件を知っているのか」
補佐官は、視線を落としたまま答える。
「陛下の裁可をもって、実行されております」
その一言で、すべてが終わった。
異議申し立ては、存在しない。
すでに裁可された後なのだから。
「……なぜだ。俺はまだ王太子だろう……」
絞り出すような声だった。
文官は、初めて視線を上げる。
「殿下。
王太子であることと、王家が個人を保証することは、同義ではございません」
それは説明であり、断絶だった。
「保証とは、信頼に基づく制度です。
現在、その信頼が確認中である以上、保証は成立しません」
信頼。
その言葉が、刃のように刺さる。
信頼とは、誰かに好かれることではない。
感情でも、期待でもない。
契約を守るという実績だ。
通達は、それで終わりだった。
署名を求められることもない。
拒否権もない。
二人は一礼し、静かに部屋を出ていく。
扉が閉まったあと、イディオット・パーソーンは、その場に立ち尽くした。
保証が外れる音は、聞こえない。
だが、確かに鳴った。
それは、世界が彼を支えなくなった合図だった。
一方、ティッド公爵邸では、同じ情報が別の温度で共有されていた。
「王家保証、解除完了」
側近の報告に、ソフィ・スティ・ケイティッド公爵令嬢は、ただ頷く。
「予定通りですね」
それだけだった。
公爵家にとって、これは勝利でも報復でもない。
契約が、正しい順番で処理された結果だ。
「これで、王太子個人への請求は、すべて直接行えます」
「ええ」
ソフィは、窓の外を見る。
王都は、今日も変わらず動いている。
誰か一人の地位が揺らいでも、世界は止まらない。
王宮に戻り、イディオットは、初めて理解していた。
王太子である限り、
世界は彼を前提として組み立てられていた。
だが今、
世界は彼を前提としない。
保証が外れるとは、
守られなくなるということではない。
個人として、すべての責任を引き受ける段階に入ったということだ。
そしてその重さを、
彼はまだ、ほんの入口で知ったに過ぎなかった。
翌朝、王宮はいつも通りの顔をしていた。
人は歩き、鐘は鳴り、執務は滞りなく進む。外から見れば、何一つ変わっていない。だが内部では、すでに不可逆の工程が進んでいた。
イディオット・パーソーンは、呼び鈴の音で目を覚ました。
眠れなかった夜の名残が、頭を重くしている。
「……入れ」
扉を開けたのは、見慣れた侍従ではなかった。
王家会計局の文官と、法務局の補佐官。二名だけ。
それだけで、嫌な予感は確信に変わる。
「殿下。本日、確認と通達がございます」
その言い回しが、すでに答えだった。
相談でも、説明でもない。通達。つまり、決まったことだ。
机の上に置かれた書類は、昨夜の精算書とは別物だった。
より短く、より冷たい。
見出しに書かれている文言を見た瞬間、喉が鳴る。
――王家保証の一部解除について。
「……一部?」
思わず漏れた言葉に、文官は即答する。
「はい。本日付で、殿下個人名義に関する王家保証は停止されます」
一瞬、言葉が理解できなかった。
停止。解除。
その意味が、ゆっくりと頭に染み込んでくる。
「待て。保証がなければ、俺の……」
「はい。新規契約、借入、支払い猶予は、すべて無効となります」
淡々と告げられる未来。
イディオットは、立ち上がろうとして、足に力が入らないことに気づいた。
保証とは、ただの書類ではない。
それは、彼が世界を動かすための前提条件だった。
「父上は……この件を知っているのか」
補佐官は、視線を落としたまま答える。
「陛下の裁可をもって、実行されております」
その一言で、すべてが終わった。
異議申し立ては、存在しない。
すでに裁可された後なのだから。
「……なぜだ。俺はまだ王太子だろう……」
絞り出すような声だった。
文官は、初めて視線を上げる。
「殿下。
王太子であることと、王家が個人を保証することは、同義ではございません」
それは説明であり、断絶だった。
「保証とは、信頼に基づく制度です。
現在、その信頼が確認中である以上、保証は成立しません」
信頼。
その言葉が、刃のように刺さる。
信頼とは、誰かに好かれることではない。
感情でも、期待でもない。
契約を守るという実績だ。
通達は、それで終わりだった。
署名を求められることもない。
拒否権もない。
二人は一礼し、静かに部屋を出ていく。
扉が閉まったあと、イディオット・パーソーンは、その場に立ち尽くした。
保証が外れる音は、聞こえない。
だが、確かに鳴った。
それは、世界が彼を支えなくなった合図だった。
一方、ティッド公爵邸では、同じ情報が別の温度で共有されていた。
「王家保証、解除完了」
側近の報告に、ソフィ・スティ・ケイティッド公爵令嬢は、ただ頷く。
「予定通りですね」
それだけだった。
公爵家にとって、これは勝利でも報復でもない。
契約が、正しい順番で処理された結果だ。
「これで、王太子個人への請求は、すべて直接行えます」
「ええ」
ソフィは、窓の外を見る。
王都は、今日も変わらず動いている。
誰か一人の地位が揺らいでも、世界は止まらない。
王宮に戻り、イディオットは、初めて理解していた。
王太子である限り、
世界は彼を前提として組み立てられていた。
だが今、
世界は彼を前提としない。
保証が外れるとは、
守られなくなるということではない。
個人として、すべての責任を引き受ける段階に入ったということだ。
そしてその重さを、
彼はまだ、ほんの入口で知ったに過ぎなかった。
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