『ラノベでリアルに描いてみた。舞踏会で婚約破棄したら、その場で人生が終了した件

鷹 綾

文字の大きさ
20 / 41

第20話 保証が外れる音

しおりを挟む
第20話 保証が外れる音

 翌朝、王宮はいつも通りの顔をしていた。
 人は歩き、鐘は鳴り、執務は滞りなく進む。外から見れば、何一つ変わっていない。だが内部では、すでに不可逆の工程が進んでいた。

 イディオット・パーソーンは、呼び鈴の音で目を覚ました。
 眠れなかった夜の名残が、頭を重くしている。

「……入れ」

 扉を開けたのは、見慣れた侍従ではなかった。
 王家会計局の文官と、法務局の補佐官。二名だけ。

 それだけで、嫌な予感は確信に変わる。

「殿下。本日、確認と通達がございます」

 その言い回しが、すでに答えだった。
 相談でも、説明でもない。通達。つまり、決まったことだ。

 机の上に置かれた書類は、昨夜の精算書とは別物だった。
 より短く、より冷たい。

 見出しに書かれている文言を見た瞬間、喉が鳴る。

 ――王家保証の一部解除について。

「……一部?」

 思わず漏れた言葉に、文官は即答する。

「はい。本日付で、殿下個人名義に関する王家保証は停止されます」

 一瞬、言葉が理解できなかった。
 停止。解除。
 その意味が、ゆっくりと頭に染み込んでくる。

「待て。保証がなければ、俺の……」

「はい。新規契約、借入、支払い猶予は、すべて無効となります」

 淡々と告げられる未来。

 イディオットは、立ち上がろうとして、足に力が入らないことに気づいた。
 保証とは、ただの書類ではない。
 それは、彼が世界を動かすための前提条件だった。

「父上は……この件を知っているのか」

 補佐官は、視線を落としたまま答える。

「陛下の裁可をもって、実行されております」

 その一言で、すべてが終わった。

 異議申し立ては、存在しない。
 すでに裁可された後なのだから。

「……なぜだ。俺はまだ王太子だろう……」

 絞り出すような声だった。

 文官は、初めて視線を上げる。

「殿下。
 王太子であることと、王家が個人を保証することは、同義ではございません」

 それは説明であり、断絶だった。

「保証とは、信頼に基づく制度です。
 現在、その信頼が確認中である以上、保証は成立しません」

 信頼。
 その言葉が、刃のように刺さる。

 信頼とは、誰かに好かれることではない。
 感情でも、期待でもない。

 契約を守るという実績だ。

 通達は、それで終わりだった。
 署名を求められることもない。
 拒否権もない。

 二人は一礼し、静かに部屋を出ていく。

 扉が閉まったあと、イディオット・パーソーンは、その場に立ち尽くした。

 保証が外れる音は、聞こえない。
 だが、確かに鳴った。

 それは、世界が彼を支えなくなった合図だった。

 一方、ティッド公爵邸では、同じ情報が別の温度で共有されていた。

「王家保証、解除完了」

 側近の報告に、ソフィ・スティ・ケイティッド公爵令嬢は、ただ頷く。

「予定通りですね」

 それだけだった。

 公爵家にとって、これは勝利でも報復でもない。
 契約が、正しい順番で処理された結果だ。

「これで、王太子個人への請求は、すべて直接行えます」

「ええ」

 ソフィは、窓の外を見る。

 王都は、今日も変わらず動いている。
 誰か一人の地位が揺らいでも、世界は止まらない。

 王宮に戻り、イディオットは、初めて理解していた。

 王太子である限り、
 世界は彼を前提として組み立てられていた。

 だが今、
 世界は彼を前提としない。

 保証が外れるとは、
 守られなくなるということではない。

 個人として、すべての責任を引き受ける段階に入ったということだ。

 そしてその重さを、
 彼はまだ、ほんの入口で知ったに過ぎなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

処理中です...