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第25話 肩書きが外れる日
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第25話 肩書きが外れる日
署名から二日後、イディオット・パーソーンのもとに、新たな通達が届いた。
封は簡素で、宛名は短い。肩書きは付いていない。ただの個人名だ。
――居所および身分整理に関する通知。
読み進めるにつれ、文面は淡々と、しかし確実に彼の立場を切り取っていく。
王太子として割り当てられていた居室は、三日以内に返還。
専属侍従の解任。
護衛は、王宮規定に基づく最低限へ縮小。
王族用の通行証は、仮失効。
「……仮、だと?」
思わず漏れた言葉に、答える者はいない。
仮失効とは、取り消しが前提であるときに使われる言葉だ。
彼は、ゆっくりと立ち上がり、部屋を見回した。
豪奢な調度は、まだそこにある。
だが、それは彼のものではない。
王太子として“貸与”されていたものだ。
整理は、すぐに始まった。
文官と管理官が入り、目録に従って物を分けていく。
王家管理品。
返還。
個人所有品。
持ち出し可。
その仕分けは、情け容赦がなかった。
だが、誰も彼を責めない。
責める必要がないからだ。
「……これも?」
彼が指したのは、壁に掛けられた肖像画だった。
若い頃の自分。王太子として描かれた一枚。
「王太子位に付随する公式肖像です。返還対象となります」
管理官の声は、事務的だった。
その瞬間、イディオットは理解した。
肖像画から消えるのは、絵の中の自分ではない。
現実の自分だ。
運び出される絵を、彼は黙って見送った。
引き止める理由はない。
それはもう、彼の人生を表すものではなかった。
同日、王宮の別室では、最後の確認が行われていた。
法務官、会計官、そして国王。
「個人債務化、居所整理、権限凍結。すべて工程通り完了しております」
国王は、短く頷いた。
「公表は?」
「最小限に。処遇の詳細は伏せ、職務停止と療養名目で通達予定です」
「それでいい」
国王の声に、怒りはない。
ただ、疲れがあった。
「これ以上、王家の名を傷つける必要はない」
それは、息子への情ではなく、王としての判断だった。
一方、ティッド公爵邸では、同じ報告がさらに簡潔に共有されていた。
「王太子、居所返還開始」
ソフィ・スティ・ケイティッド公爵令嬢は、書類に目を通し、静かに言う。
「これで、完全に“個人”ですね」
「はい。公式の影響は、ほぼ排除されました」
彼女は、ペンを置いた。
「では、あとは制度が処理します」
それ以上、関心を向ける必要はない。
彼女の人生は、すでに別の軌道にある。
夕刻、イディオットは、最低限の荷物だけを持って、部屋を出た。
広い回廊を歩く足音が、やけに響く。
すれ違う者たちは、礼を取る。
だが、その礼は、以前と同じではない。
敬意ではなく、距離。
配慮ではなく、線引き。
王太子の肩書きは、まだ文書上には残っている。
だが、現実からは、すでに外されていた。
彼は、初めて自覚する。
肩書きとは、
奪われるときに、最も静かなものなのだと。
誰も叫ばない。
誰も断罪しない。
ただ、役割が外され、席が片付けられ、
次の人のために空けられる。
その日、イディオット・パーソーンは、
王太子ではない場所に立っていた。
そしてそれは、
もう二度と戻らない場所だということを、
彼自身が一番よく分かっていた。
署名から二日後、イディオット・パーソーンのもとに、新たな通達が届いた。
封は簡素で、宛名は短い。肩書きは付いていない。ただの個人名だ。
――居所および身分整理に関する通知。
読み進めるにつれ、文面は淡々と、しかし確実に彼の立場を切り取っていく。
王太子として割り当てられていた居室は、三日以内に返還。
専属侍従の解任。
護衛は、王宮規定に基づく最低限へ縮小。
王族用の通行証は、仮失効。
「……仮、だと?」
思わず漏れた言葉に、答える者はいない。
仮失効とは、取り消しが前提であるときに使われる言葉だ。
彼は、ゆっくりと立ち上がり、部屋を見回した。
豪奢な調度は、まだそこにある。
だが、それは彼のものではない。
王太子として“貸与”されていたものだ。
整理は、すぐに始まった。
文官と管理官が入り、目録に従って物を分けていく。
王家管理品。
返還。
個人所有品。
持ち出し可。
その仕分けは、情け容赦がなかった。
だが、誰も彼を責めない。
責める必要がないからだ。
「……これも?」
彼が指したのは、壁に掛けられた肖像画だった。
若い頃の自分。王太子として描かれた一枚。
「王太子位に付随する公式肖像です。返還対象となります」
管理官の声は、事務的だった。
その瞬間、イディオットは理解した。
肖像画から消えるのは、絵の中の自分ではない。
現実の自分だ。
運び出される絵を、彼は黙って見送った。
引き止める理由はない。
それはもう、彼の人生を表すものではなかった。
同日、王宮の別室では、最後の確認が行われていた。
法務官、会計官、そして国王。
「個人債務化、居所整理、権限凍結。すべて工程通り完了しております」
国王は、短く頷いた。
「公表は?」
「最小限に。処遇の詳細は伏せ、職務停止と療養名目で通達予定です」
「それでいい」
国王の声に、怒りはない。
ただ、疲れがあった。
「これ以上、王家の名を傷つける必要はない」
それは、息子への情ではなく、王としての判断だった。
一方、ティッド公爵邸では、同じ報告がさらに簡潔に共有されていた。
「王太子、居所返還開始」
ソフィ・スティ・ケイティッド公爵令嬢は、書類に目を通し、静かに言う。
「これで、完全に“個人”ですね」
「はい。公式の影響は、ほぼ排除されました」
彼女は、ペンを置いた。
「では、あとは制度が処理します」
それ以上、関心を向ける必要はない。
彼女の人生は、すでに別の軌道にある。
夕刻、イディオットは、最低限の荷物だけを持って、部屋を出た。
広い回廊を歩く足音が、やけに響く。
すれ違う者たちは、礼を取る。
だが、その礼は、以前と同じではない。
敬意ではなく、距離。
配慮ではなく、線引き。
王太子の肩書きは、まだ文書上には残っている。
だが、現実からは、すでに外されていた。
彼は、初めて自覚する。
肩書きとは、
奪われるときに、最も静かなものなのだと。
誰も叫ばない。
誰も断罪しない。
ただ、役割が外され、席が片付けられ、
次の人のために空けられる。
その日、イディオット・パーソーンは、
王太子ではない場所に立っていた。
そしてそれは、
もう二度と戻らない場所だということを、
彼自身が一番よく分かっていた。
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