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第3話 新しい恋人ミレア
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第3話 新しい恋人ミレア
王宮の回廊は、今日も騒がしかった。
婚約破棄の一件からまだ日も浅いというのに、貴族たちはすでに次の話題に夢中になっている。
「王太子殿下と平民の恋人……まるで物語のようだわ」 「身分を超えた真実の愛、ですって」 「アウレリア様には気の毒ですけれど……」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
その中心にいるのが、ミレアだった。
淡い色のドレスに身を包み、慎ましげに微笑みながら、彼女は王宮内を歩いている。
その隣には、もちろん第一王子アレクシオン。
「ミレア、緊張しているだろう? 無理はしなくていい」 「いえ……殿下がそばにいてくださるなら……」
小さく首を振り、彼女は王太子の袖にそっと手を添える。
その仕草は、実に控えめで、守ってあげたくなるように見えた。
――少なくとも、遠目には。
「王太子殿下!」
貴族の一人が声をかける。
「その……新しいお相手の方が、ミレア様で?」
「そうだ」
アレクシオンは、誇らしげに答えた。
「身分など関係ない。彼女の心の美しさこそが、私の誇りだ」
その言葉に、周囲から感嘆の声が上がる。
ミレアは一歩下がり、深く頭を下げた。
「……身に余るお言葉です。私は、ただ殿下のおそばにいられるだけで……」
その控えめな態度に、またもや好意的な視線が集まる。
――だが。
(あら……)
少し離れた場所で、その光景を眺めていた数名の貴族令嬢の中に、微かな違和感が広がっていた。
「……今の、見ました?」 「ええ。距離が……少し、近くないかしら」
囁き声。
ミレアは平民であり、正式な教育を受けていないはずだ。
それにしては、王太子への距離感が――妙に自然すぎる。
「殿下」
ミレアが、ふと顔を上げる。
「この後の昼食ですが……私、あまり堅苦しいのは苦手で……」
「分かった。では、用意は簡素なものでいい」
アレクシオンは即答した。
「え……?」
側近の一人が、思わず声を漏らす。
「本日は、外交使節との会食が……」
「ああ、その件なら後回しだ。ミレアが疲れている」
言い切るアレクシオンに、周囲は言葉を失った。
ミレアは、申し訳なさそうに微笑む。
「……すみません。でも、殿下が無理をなさるのは……」
そう言いながらも、止める様子はない。
むしろ、その腕にそっと指を絡める。
(……あれ?)
今度は、はっきりとした違和感だった。
――控えめ、ではない。
遠慮しているようで、実は一切引いていない。
「殿下は、お優しすぎますわ」
ミレアがそう言うと、アレクシオンは満足そうに頷いた。
「当然だ。私は、君を守ると決めたのだから」
その様子を見つめながら、貴族たちの中に、微妙な空気が漂い始める。
かつて。
アウレリア・ローゼンベルクが、同じ場に立っていた頃。
彼女は一歩下がり、決して王太子の邪魔をせず、会話を遮らず、必要な時だけ口を開いていた。
――比べてはいけない。
そう思っても、どうしても、比べてしまう。
「……少し、違いますわね」 「ええ……」
小さな声が、連なっていく。
一方、ミレアはそれに気づく様子もなく、無邪気に微笑んでいた。
「殿下、私……王宮って、思っていたより自由なんですね」 「そうだろう? 君のような存在が、ここを変える」
「まあ……嬉しいです」
その言葉に、アレクシオンは満足そうだった。
――だが、その“自由”の裏側で。
書類の山が、静かに積み上がり始めていることを。
会議の調整が滞り、決裁が遅れていることを。
彼は、まだ気づいていない。
そして。
ミレアもまた、気づいていなかった。
自分が今、
どれほど多くの視線に、測られ始めているのかを。
その日の夕刻。
王宮の一室で、宰相セヴランは机に突っ伏していた。
「……アウレリア嬢がいた頃は、こんなことは……」
彼の視線の先には、未処理の書類。
その隙間から、静かに、崩壊の兆しが覗いていた。
---
王宮の回廊は、今日も騒がしかった。
婚約破棄の一件からまだ日も浅いというのに、貴族たちはすでに次の話題に夢中になっている。
「王太子殿下と平民の恋人……まるで物語のようだわ」 「身分を超えた真実の愛、ですって」 「アウレリア様には気の毒ですけれど……」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
その中心にいるのが、ミレアだった。
淡い色のドレスに身を包み、慎ましげに微笑みながら、彼女は王宮内を歩いている。
その隣には、もちろん第一王子アレクシオン。
「ミレア、緊張しているだろう? 無理はしなくていい」 「いえ……殿下がそばにいてくださるなら……」
小さく首を振り、彼女は王太子の袖にそっと手を添える。
その仕草は、実に控えめで、守ってあげたくなるように見えた。
――少なくとも、遠目には。
「王太子殿下!」
貴族の一人が声をかける。
「その……新しいお相手の方が、ミレア様で?」
「そうだ」
アレクシオンは、誇らしげに答えた。
「身分など関係ない。彼女の心の美しさこそが、私の誇りだ」
その言葉に、周囲から感嘆の声が上がる。
ミレアは一歩下がり、深く頭を下げた。
「……身に余るお言葉です。私は、ただ殿下のおそばにいられるだけで……」
その控えめな態度に、またもや好意的な視線が集まる。
――だが。
(あら……)
少し離れた場所で、その光景を眺めていた数名の貴族令嬢の中に、微かな違和感が広がっていた。
「……今の、見ました?」 「ええ。距離が……少し、近くないかしら」
囁き声。
ミレアは平民であり、正式な教育を受けていないはずだ。
それにしては、王太子への距離感が――妙に自然すぎる。
「殿下」
ミレアが、ふと顔を上げる。
「この後の昼食ですが……私、あまり堅苦しいのは苦手で……」
「分かった。では、用意は簡素なものでいい」
アレクシオンは即答した。
「え……?」
側近の一人が、思わず声を漏らす。
「本日は、外交使節との会食が……」
「ああ、その件なら後回しだ。ミレアが疲れている」
言い切るアレクシオンに、周囲は言葉を失った。
ミレアは、申し訳なさそうに微笑む。
「……すみません。でも、殿下が無理をなさるのは……」
そう言いながらも、止める様子はない。
むしろ、その腕にそっと指を絡める。
(……あれ?)
今度は、はっきりとした違和感だった。
――控えめ、ではない。
遠慮しているようで、実は一切引いていない。
「殿下は、お優しすぎますわ」
ミレアがそう言うと、アレクシオンは満足そうに頷いた。
「当然だ。私は、君を守ると決めたのだから」
その様子を見つめながら、貴族たちの中に、微妙な空気が漂い始める。
かつて。
アウレリア・ローゼンベルクが、同じ場に立っていた頃。
彼女は一歩下がり、決して王太子の邪魔をせず、会話を遮らず、必要な時だけ口を開いていた。
――比べてはいけない。
そう思っても、どうしても、比べてしまう。
「……少し、違いますわね」 「ええ……」
小さな声が、連なっていく。
一方、ミレアはそれに気づく様子もなく、無邪気に微笑んでいた。
「殿下、私……王宮って、思っていたより自由なんですね」 「そうだろう? 君のような存在が、ここを変える」
「まあ……嬉しいです」
その言葉に、アレクシオンは満足そうだった。
――だが、その“自由”の裏側で。
書類の山が、静かに積み上がり始めていることを。
会議の調整が滞り、決裁が遅れていることを。
彼は、まだ気づいていない。
そして。
ミレアもまた、気づいていなかった。
自分が今、
どれほど多くの視線に、測られ始めているのかを。
その日の夕刻。
王宮の一室で、宰相セヴランは机に突っ伏していた。
「……アウレリア嬢がいた頃は、こんなことは……」
彼の視線の先には、未処理の書類。
その隙間から、静かに、崩壊の兆しが覗いていた。
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