3 / 30
第3話 新しい恋人ミレア
しおりを挟む
第3話 新しい恋人ミレア
王宮の回廊は、今日も騒がしかった。
婚約破棄の一件からまだ日も浅いというのに、貴族たちはすでに次の話題に夢中になっている。
「王太子殿下と平民の恋人……まるで物語のようだわ」 「身分を超えた真実の愛、ですって」 「アウレリア様には気の毒ですけれど……」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
その中心にいるのが、ミレアだった。
淡い色のドレスに身を包み、慎ましげに微笑みながら、彼女は王宮内を歩いている。
その隣には、もちろん第一王子アレクシオン。
「ミレア、緊張しているだろう? 無理はしなくていい」 「いえ……殿下がそばにいてくださるなら……」
小さく首を振り、彼女は王太子の袖にそっと手を添える。
その仕草は、実に控えめで、守ってあげたくなるように見えた。
――少なくとも、遠目には。
「王太子殿下!」
貴族の一人が声をかける。
「その……新しいお相手の方が、ミレア様で?」
「そうだ」
アレクシオンは、誇らしげに答えた。
「身分など関係ない。彼女の心の美しさこそが、私の誇りだ」
その言葉に、周囲から感嘆の声が上がる。
ミレアは一歩下がり、深く頭を下げた。
「……身に余るお言葉です。私は、ただ殿下のおそばにいられるだけで……」
その控えめな態度に、またもや好意的な視線が集まる。
――だが。
(あら……)
少し離れた場所で、その光景を眺めていた数名の貴族令嬢の中に、微かな違和感が広がっていた。
「……今の、見ました?」 「ええ。距離が……少し、近くないかしら」
囁き声。
ミレアは平民であり、正式な教育を受けていないはずだ。
それにしては、王太子への距離感が――妙に自然すぎる。
「殿下」
ミレアが、ふと顔を上げる。
「この後の昼食ですが……私、あまり堅苦しいのは苦手で……」
「分かった。では、用意は簡素なものでいい」
アレクシオンは即答した。
「え……?」
側近の一人が、思わず声を漏らす。
「本日は、外交使節との会食が……」
「ああ、その件なら後回しだ。ミレアが疲れている」
言い切るアレクシオンに、周囲は言葉を失った。
ミレアは、申し訳なさそうに微笑む。
「……すみません。でも、殿下が無理をなさるのは……」
そう言いながらも、止める様子はない。
むしろ、その腕にそっと指を絡める。
(……あれ?)
今度は、はっきりとした違和感だった。
――控えめ、ではない。
遠慮しているようで、実は一切引いていない。
「殿下は、お優しすぎますわ」
ミレアがそう言うと、アレクシオンは満足そうに頷いた。
「当然だ。私は、君を守ると決めたのだから」
その様子を見つめながら、貴族たちの中に、微妙な空気が漂い始める。
かつて。
アウレリア・ローゼンベルクが、同じ場に立っていた頃。
彼女は一歩下がり、決して王太子の邪魔をせず、会話を遮らず、必要な時だけ口を開いていた。
――比べてはいけない。
そう思っても、どうしても、比べてしまう。
「……少し、違いますわね」 「ええ……」
小さな声が、連なっていく。
一方、ミレアはそれに気づく様子もなく、無邪気に微笑んでいた。
「殿下、私……王宮って、思っていたより自由なんですね」 「そうだろう? 君のような存在が、ここを変える」
「まあ……嬉しいです」
その言葉に、アレクシオンは満足そうだった。
――だが、その“自由”の裏側で。
書類の山が、静かに積み上がり始めていることを。
会議の調整が滞り、決裁が遅れていることを。
彼は、まだ気づいていない。
そして。
ミレアもまた、気づいていなかった。
自分が今、
どれほど多くの視線に、測られ始めているのかを。
その日の夕刻。
王宮の一室で、宰相セヴランは机に突っ伏していた。
「……アウレリア嬢がいた頃は、こんなことは……」
彼の視線の先には、未処理の書類。
その隙間から、静かに、崩壊の兆しが覗いていた。
---
王宮の回廊は、今日も騒がしかった。
婚約破棄の一件からまだ日も浅いというのに、貴族たちはすでに次の話題に夢中になっている。
「王太子殿下と平民の恋人……まるで物語のようだわ」 「身分を超えた真実の愛、ですって」 「アウレリア様には気の毒ですけれど……」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
その中心にいるのが、ミレアだった。
淡い色のドレスに身を包み、慎ましげに微笑みながら、彼女は王宮内を歩いている。
その隣には、もちろん第一王子アレクシオン。
「ミレア、緊張しているだろう? 無理はしなくていい」 「いえ……殿下がそばにいてくださるなら……」
小さく首を振り、彼女は王太子の袖にそっと手を添える。
その仕草は、実に控えめで、守ってあげたくなるように見えた。
――少なくとも、遠目には。
「王太子殿下!」
貴族の一人が声をかける。
「その……新しいお相手の方が、ミレア様で?」
「そうだ」
アレクシオンは、誇らしげに答えた。
「身分など関係ない。彼女の心の美しさこそが、私の誇りだ」
その言葉に、周囲から感嘆の声が上がる。
ミレアは一歩下がり、深く頭を下げた。
「……身に余るお言葉です。私は、ただ殿下のおそばにいられるだけで……」
その控えめな態度に、またもや好意的な視線が集まる。
――だが。
(あら……)
少し離れた場所で、その光景を眺めていた数名の貴族令嬢の中に、微かな違和感が広がっていた。
「……今の、見ました?」 「ええ。距離が……少し、近くないかしら」
囁き声。
ミレアは平民であり、正式な教育を受けていないはずだ。
それにしては、王太子への距離感が――妙に自然すぎる。
「殿下」
ミレアが、ふと顔を上げる。
「この後の昼食ですが……私、あまり堅苦しいのは苦手で……」
「分かった。では、用意は簡素なものでいい」
アレクシオンは即答した。
「え……?」
側近の一人が、思わず声を漏らす。
「本日は、外交使節との会食が……」
「ああ、その件なら後回しだ。ミレアが疲れている」
言い切るアレクシオンに、周囲は言葉を失った。
ミレアは、申し訳なさそうに微笑む。
「……すみません。でも、殿下が無理をなさるのは……」
そう言いながらも、止める様子はない。
むしろ、その腕にそっと指を絡める。
(……あれ?)
今度は、はっきりとした違和感だった。
――控えめ、ではない。
遠慮しているようで、実は一切引いていない。
「殿下は、お優しすぎますわ」
ミレアがそう言うと、アレクシオンは満足そうに頷いた。
「当然だ。私は、君を守ると決めたのだから」
その様子を見つめながら、貴族たちの中に、微妙な空気が漂い始める。
かつて。
アウレリア・ローゼンベルクが、同じ場に立っていた頃。
彼女は一歩下がり、決して王太子の邪魔をせず、会話を遮らず、必要な時だけ口を開いていた。
――比べてはいけない。
そう思っても、どうしても、比べてしまう。
「……少し、違いますわね」 「ええ……」
小さな声が、連なっていく。
一方、ミレアはそれに気づく様子もなく、無邪気に微笑んでいた。
「殿下、私……王宮って、思っていたより自由なんですね」 「そうだろう? 君のような存在が、ここを変える」
「まあ……嬉しいです」
その言葉に、アレクシオンは満足そうだった。
――だが、その“自由”の裏側で。
書類の山が、静かに積み上がり始めていることを。
会議の調整が滞り、決裁が遅れていることを。
彼は、まだ気づいていない。
そして。
ミレアもまた、気づいていなかった。
自分が今、
どれほど多くの視線に、測られ始めているのかを。
その日の夕刻。
王宮の一室で、宰相セヴランは机に突っ伏していた。
「……アウレリア嬢がいた頃は、こんなことは……」
彼の視線の先には、未処理の書類。
その隙間から、静かに、崩壊の兆しが覗いていた。
---
11
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました
お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。
その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。
【完結】「お前を愛することはない」と言われましたが借金返済の為にクズな旦那様に嫁ぎました
華抹茶
恋愛
度重なる不運により領地が大打撃を受け、復興するも被害が大きすぎて家は多額の借金を作ってしまい没落寸前まで追い込まれた。そんな時その借金を肩代わりするために申し込まれた縁談を受けることに。
「私はお前を愛することはない。これは契約結婚だ」
「…かしこまりました」
初めての顔合わせの日、開口一番そう言われて私はニコラーク伯爵家へと嫁ぐことになった。
そしてわずか1週間後、結婚式なんて挙げることもなく籍だけを入れて、私―アメリア・リンジーは身一つで伯爵家へと移った。
※なろうさんでも公開しています。
氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!
柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」
『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。
セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。
しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。
だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」
仙冬可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。
「で、政略結婚って言われましてもお父様……」
優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。
適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。
それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。
のんびりに見えて豪胆な令嬢と
体力系にしか自信がないワンコ令息
24.4.87 本編完結
以降不定期で番外編予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる