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第4話 王宮を去る日
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了解です。
では――第4話(2000文字以上)、
今回は派手なざまぁは抑えめに、**静かな旅立ちと“失われたものの重さ”**を丁寧に描きます。
---
第4話 王宮を去る日
王宮の朝は、いつもより静かだった。
アウレリア・ローゼンベルクは、自室の窓から中庭を見下ろしながら、ゆっくりと息を整えていた。
陽はすでに昇り、白い石畳を淡く照らしている。いつもなら、侍女たちが慌ただしく行き交い、使いの者が書類を抱えて走り回っている時間だ。
――だが、今日は違った。
(……静かですわね)
不思議なほど、穏やかだった。
昨夜のうちに、必要な手続きはすべて済ませてある。
国王からは「しばらく休養を」との名目で、王宮から離れる許可が出された。形式上は“円満な別れ”だ。
それ以上、ここに留まる理由はない。
アウレリアは机の上に置かれた小さな鞄に目を向けた。
中身は驚くほど少ない。衣類数着と、必要最低限の書類、そして――一本のペン。
(これで十分ですわ)
かつては、ここに山のような資料が積み上がっていた。
財政、外交、補助金の調整案、王太子の失言の後始末。
すべて、自分の仕事だった。
――誰からも「ありがとう」と言われることのない。
コンコン。
控えめなノック。
「お嬢様……」
入ってきたのは、侍女のマルタだった。
彼女は部屋に入るなり、ぎゅっと唇を噛みしめる。
「本当に……お発ちになるのですね……」
「ええ」
アウレリアは穏やかに微笑んだ。
「心配しないで。ほんの少し、羽を伸ばすだけですわ」
「……殿下は……」
その言葉に、アウレリアは一瞬だけ視線を伏せ、すぐに首を振る。
「もう、私が気にする立場ではありません」
それ以上、何も言わせなかった。
マルタは、涙を堪えながら深く頭を下げる。
「……どうか、お幸せに」
「ありがとう」
それは、今日何度目か分からない別れの言葉だった。
アウレリアは外套を羽織り、ゆっくりと部屋を出る。
長い廊下。見慣れた壁。何度も歩いた道。
――それでも、不思議と未練はなかった。
(やり切った、ということでしょうか)
正面玄関へ向かう途中、ふと足を止める。
向こうから、数人の文官たちが慌てた様子で歩いてくるのが見えた。
書類を抱え、顔色は冴えない。
「あ……アウレリア様!」
一人が気づいて声を上げる。
「こ、これ……確認を……」
差し出されかけた書類を見て、アウレリアは静かに首を振った。
「申し訳ありません。私はもう、王宮の人間ではありませんの」
「……っ」
文官は言葉を失い、他の者たちも立ち尽くす。
ほんの一瞬、場が凍りついた。
「……失礼いたしました」
彼らは慌てて頭を下げ、去っていく。
その背中を見送りながら、アウレリアは胸の奥で小さく息を吐いた。
(これが、現実)
誰かが担っていた役割は、いなくなって初めて浮かび上がる。
正門の前。
簡素な馬車が用意されていた。
見送りは最小限。形式張った儀式もない。
――それでいい。
馬車に乗り込む直前、アウレリアは一度だけ王宮を振り返った。
白くそびえるその姿は、相変わらず荘厳だ。
だが、もう自分の居場所ではない。
(さようなら)
心の中でそう告げ、彼女は馬車に乗った。
車輪が動き出す。
王宮が、少しずつ遠ざかっていく。
――同じ頃。
王宮の会議室では、重苦しい空気が漂っていた。
「……で? この予算案は、誰が最終調整を?」
アレクシオンの問いに、誰も答えられない。
「え……ええと……」
文官たちが顔を見合わせる。
宰相セヴランは、額を押さえた。
「……アウレリア嬢が担当していました」
「……そうか。なら、代わりを決めればいい」
アレクシオンは軽く言った。
「誰か、できる者はいないのか?」
沈黙。
誰も手を挙げない。
――できるかどうか、分からないのではない。
できないことを、皆が知っているのだ。
「……では、今日はここまでにしよう」
会議は、何も決まらないまま散会となった。
廊下に出たセヴランは、窓の外を見つめる。
遠ざかる一台の馬車が、ちょうど視界から消えるところだった。
「……本当に、行ってしまったか」
彼は小さく呟いた。
その声は、王宮の高い天井に、虚しく吸い込まれていった。
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では――第4話(2000文字以上)、
今回は派手なざまぁは抑えめに、**静かな旅立ちと“失われたものの重さ”**を丁寧に描きます。
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第4話 王宮を去る日
王宮の朝は、いつもより静かだった。
アウレリア・ローゼンベルクは、自室の窓から中庭を見下ろしながら、ゆっくりと息を整えていた。
陽はすでに昇り、白い石畳を淡く照らしている。いつもなら、侍女たちが慌ただしく行き交い、使いの者が書類を抱えて走り回っている時間だ。
――だが、今日は違った。
(……静かですわね)
不思議なほど、穏やかだった。
昨夜のうちに、必要な手続きはすべて済ませてある。
国王からは「しばらく休養を」との名目で、王宮から離れる許可が出された。形式上は“円満な別れ”だ。
それ以上、ここに留まる理由はない。
アウレリアは机の上に置かれた小さな鞄に目を向けた。
中身は驚くほど少ない。衣類数着と、必要最低限の書類、そして――一本のペン。
(これで十分ですわ)
かつては、ここに山のような資料が積み上がっていた。
財政、外交、補助金の調整案、王太子の失言の後始末。
すべて、自分の仕事だった。
――誰からも「ありがとう」と言われることのない。
コンコン。
控えめなノック。
「お嬢様……」
入ってきたのは、侍女のマルタだった。
彼女は部屋に入るなり、ぎゅっと唇を噛みしめる。
「本当に……お発ちになるのですね……」
「ええ」
アウレリアは穏やかに微笑んだ。
「心配しないで。ほんの少し、羽を伸ばすだけですわ」
「……殿下は……」
その言葉に、アウレリアは一瞬だけ視線を伏せ、すぐに首を振る。
「もう、私が気にする立場ではありません」
それ以上、何も言わせなかった。
マルタは、涙を堪えながら深く頭を下げる。
「……どうか、お幸せに」
「ありがとう」
それは、今日何度目か分からない別れの言葉だった。
アウレリアは外套を羽織り、ゆっくりと部屋を出る。
長い廊下。見慣れた壁。何度も歩いた道。
――それでも、不思議と未練はなかった。
(やり切った、ということでしょうか)
正面玄関へ向かう途中、ふと足を止める。
向こうから、数人の文官たちが慌てた様子で歩いてくるのが見えた。
書類を抱え、顔色は冴えない。
「あ……アウレリア様!」
一人が気づいて声を上げる。
「こ、これ……確認を……」
差し出されかけた書類を見て、アウレリアは静かに首を振った。
「申し訳ありません。私はもう、王宮の人間ではありませんの」
「……っ」
文官は言葉を失い、他の者たちも立ち尽くす。
ほんの一瞬、場が凍りついた。
「……失礼いたしました」
彼らは慌てて頭を下げ、去っていく。
その背中を見送りながら、アウレリアは胸の奥で小さく息を吐いた。
(これが、現実)
誰かが担っていた役割は、いなくなって初めて浮かび上がる。
正門の前。
簡素な馬車が用意されていた。
見送りは最小限。形式張った儀式もない。
――それでいい。
馬車に乗り込む直前、アウレリアは一度だけ王宮を振り返った。
白くそびえるその姿は、相変わらず荘厳だ。
だが、もう自分の居場所ではない。
(さようなら)
心の中でそう告げ、彼女は馬車に乗った。
車輪が動き出す。
王宮が、少しずつ遠ざかっていく。
――同じ頃。
王宮の会議室では、重苦しい空気が漂っていた。
「……で? この予算案は、誰が最終調整を?」
アレクシオンの問いに、誰も答えられない。
「え……ええと……」
文官たちが顔を見合わせる。
宰相セヴランは、額を押さえた。
「……アウレリア嬢が担当していました」
「……そうか。なら、代わりを決めればいい」
アレクシオンは軽く言った。
「誰か、できる者はいないのか?」
沈黙。
誰も手を挙げない。
――できるかどうか、分からないのではない。
できないことを、皆が知っているのだ。
「……では、今日はここまでにしよう」
会議は、何も決まらないまま散会となった。
廊下に出たセヴランは、窓の外を見つめる。
遠ざかる一台の馬車が、ちょうど視界から消えるところだった。
「……本当に、行ってしまったか」
彼は小さく呟いた。
その声は、王宮の高い天井に、虚しく吸い込まれていった。
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