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第6話 回らない国政
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第6話 回らない国政
異変は、静かに、しかし確実に広がっていた。
王宮の執務棟では、朝から文官たちが慌ただしく行き交っている。
だが、その動きには、どこか統一感がなかった。
「……この案件、どこまで進んでいましたっけ?」 「え? ええと……前回の会議では……」 「前回って、どの前回です?」
そんな会話が、あちこちで交わされている。
本来なら、起こりえない光景だった。
案件の進捗、責任者、決裁の流れ。
それらはすべて、明確に整理されていなければならない。
――整理されていれば、の話だが。
「……おかしい」
宰相セヴランは、執務机に積み上がった書類を前に、低く呟いた。
ひとつひとつの案件は、決して難解ではない。
だが、それらが互いに絡み合い、順序を失い、結果として“前に進まない”。
(これは……)
彼は気づいていた。
これまで、それらを一人で束ねていた存在がいたことを。
アウレリア・ローゼンベルク。
彼女は、表に出ることなく、常に裏側で流れを整えていた。
会議で決まらなかったことを、後で個別に調整し、
衝突しそうな案件同士を、事前に避けていた。
――だから、問題が表に出なかった。
今は、その“調整”が、どこにもない。
「宰相閣下!」
若い文官が駆け込んでくる。
「地方からの嘆願書ですが……期限を過ぎています」 「……なぜ、もっと早く上げなかった?」
「いえ、その……誰の管轄か、分からなくなって……」
セヴランは、思わず目を閉じた。
(管轄が、分からない……)
それは、国政において致命的な言葉だった。
同じ頃。
第一王子アレクシオンは、自室で苛立ちを募らせていた。
「なぜ、こんなに報告が多い?」
机の上には、書類の山。
以前は、要点だけをまとめた報告が上がってきていた。
今は、未整理のまま、すべてが投げ込まれている。
「殿下……」
側近が恐る恐る声をかける。
「これまで、アウレリア様が……」
「またその名か!」
アレクシオンは机を叩いた。
「彼女がいなくなった程度で、国が回らなくなるはずがない!」
側近は、それ以上何も言えなかった。
――否定は、できない。
だが、現実は否定を許さない。
午後。
急遽開かれた臨時会議では、さらに混乱が露呈した。
「この外交案件、承認は下りているのか?」 「……記録が、見当たりません」 「では、保留だ」 「ですが、期限が……」
声が重なり、結論は出ない。
その様子を、ミレアは扉の外から見ていた。
(……なんだか、雰囲気が重い)
以前は、殿下の周囲はもっと明るかった。
彼女が来てから、殿下は“解放された”はずなのに。
「殿下……」
会議後、ミレアはアレクシオンに近づいた。
「最近、皆さん……私のこと、見てきませんか?」
「気にするな」
アレクシオンは即答する。
「君は何も悪くない」
だが、その声には、以前の余裕がなかった。
ミレアは小さく頷きながら、胸の奥で不安を覚える。
(……私のせい、じゃないわよね?)
その問いに、答えてくれる者はいない。
夕刻。
地方貴族からの使者が、王宮を訪れていた。
「補助金の件ですが……まだ返答がなく……」 「……確認します」
文官の声は弱々しい。
その様子に、使者は眉をひそめる。
「以前は、アウレリア様がすぐに……」
その名が出た瞬間、空気が凍る。
「……今は、別の体制です」
そう答えるしかなかった。
使者は深く一礼し、去っていく。
――不信の種を、置き土産にして。
一方その頃。
アウレリア・ローゼンベルクは、隣国へ向かう街道の宿に滞在していた。
簡素な部屋。
だが、机は広く、光も十分。
「……ここなら、落ち着いて作業できますわね」
彼女は静かに微笑み、ペンを取る。
頼まれたわけではない。
義務でもない。
ただ、自分が“やりたいこと”を、やっているだけだ。
(……世界は、広いですわ)
王宮だけが、人生ではない。
その事実を、今、心から実感していた。
そしてその頃――。
王宮では、誰もが薄々気づき始めていた。
これは一時的な混乱ではない。
構造そのものが、崩れ始めているのだと。
だが、まだ誰も、口には出さない。
出してしまえば、
“失ったものの大きさ”を認めることになるから。
異変は、静かに、しかし確実に広がっていた。
王宮の執務棟では、朝から文官たちが慌ただしく行き交っている。
だが、その動きには、どこか統一感がなかった。
「……この案件、どこまで進んでいましたっけ?」 「え? ええと……前回の会議では……」 「前回って、どの前回です?」
そんな会話が、あちこちで交わされている。
本来なら、起こりえない光景だった。
案件の進捗、責任者、決裁の流れ。
それらはすべて、明確に整理されていなければならない。
――整理されていれば、の話だが。
「……おかしい」
宰相セヴランは、執務机に積み上がった書類を前に、低く呟いた。
ひとつひとつの案件は、決して難解ではない。
だが、それらが互いに絡み合い、順序を失い、結果として“前に進まない”。
(これは……)
彼は気づいていた。
これまで、それらを一人で束ねていた存在がいたことを。
アウレリア・ローゼンベルク。
彼女は、表に出ることなく、常に裏側で流れを整えていた。
会議で決まらなかったことを、後で個別に調整し、
衝突しそうな案件同士を、事前に避けていた。
――だから、問題が表に出なかった。
今は、その“調整”が、どこにもない。
「宰相閣下!」
若い文官が駆け込んでくる。
「地方からの嘆願書ですが……期限を過ぎています」 「……なぜ、もっと早く上げなかった?」
「いえ、その……誰の管轄か、分からなくなって……」
セヴランは、思わず目を閉じた。
(管轄が、分からない……)
それは、国政において致命的な言葉だった。
同じ頃。
第一王子アレクシオンは、自室で苛立ちを募らせていた。
「なぜ、こんなに報告が多い?」
机の上には、書類の山。
以前は、要点だけをまとめた報告が上がってきていた。
今は、未整理のまま、すべてが投げ込まれている。
「殿下……」
側近が恐る恐る声をかける。
「これまで、アウレリア様が……」
「またその名か!」
アレクシオンは机を叩いた。
「彼女がいなくなった程度で、国が回らなくなるはずがない!」
側近は、それ以上何も言えなかった。
――否定は、できない。
だが、現実は否定を許さない。
午後。
急遽開かれた臨時会議では、さらに混乱が露呈した。
「この外交案件、承認は下りているのか?」 「……記録が、見当たりません」 「では、保留だ」 「ですが、期限が……」
声が重なり、結論は出ない。
その様子を、ミレアは扉の外から見ていた。
(……なんだか、雰囲気が重い)
以前は、殿下の周囲はもっと明るかった。
彼女が来てから、殿下は“解放された”はずなのに。
「殿下……」
会議後、ミレアはアレクシオンに近づいた。
「最近、皆さん……私のこと、見てきませんか?」
「気にするな」
アレクシオンは即答する。
「君は何も悪くない」
だが、その声には、以前の余裕がなかった。
ミレアは小さく頷きながら、胸の奥で不安を覚える。
(……私のせい、じゃないわよね?)
その問いに、答えてくれる者はいない。
夕刻。
地方貴族からの使者が、王宮を訪れていた。
「補助金の件ですが……まだ返答がなく……」 「……確認します」
文官の声は弱々しい。
その様子に、使者は眉をひそめる。
「以前は、アウレリア様がすぐに……」
その名が出た瞬間、空気が凍る。
「……今は、別の体制です」
そう答えるしかなかった。
使者は深く一礼し、去っていく。
――不信の種を、置き土産にして。
一方その頃。
アウレリア・ローゼンベルクは、隣国へ向かう街道の宿に滞在していた。
簡素な部屋。
だが、机は広く、光も十分。
「……ここなら、落ち着いて作業できますわね」
彼女は静かに微笑み、ペンを取る。
頼まれたわけではない。
義務でもない。
ただ、自分が“やりたいこと”を、やっているだけだ。
(……世界は、広いですわ)
王宮だけが、人生ではない。
その事実を、今、心から実感していた。
そしてその頃――。
王宮では、誰もが薄々気づき始めていた。
これは一時的な混乱ではない。
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だが、まだ誰も、口には出さない。
出してしまえば、
“失ったものの大きさ”を認めることになるから。
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