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第9話 正当な評価
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第9話 正当な評価
ノルディス公爵領の朝は、規則正しい。
鐘の音が鳴る前から、執務館にはすでに人の気配があった。
使用人たちは無駄な私語を交わさず、各々の持ち場へと散っていく。
アウレリア・ローゼンベルクは、その一角――仮に与えられた執務机に座っていた。
昨夜、カルディア・ノルディスから渡された税収報告書。
彼女はそれを一晩で読み込み、修正案をまとめていた。
(……思った以上に、素直な帳簿ですわね)
不正が横行しているわけではない。
ただ、管理が粗い。
それだけに、改善の余地が大きい。
ペンを走らせ、計算を重ね、数字を並べ替える。
頭の中では、領内全体の流れが自然と組み上がっていく。
――王宮でやってきたことと、何一つ変わらない。
ただ一つ違うのは。
(ここでは、“当たり前”として扱われないこと)
ノックの音がした。
「……入れ」
低い声。
扉を開けて入ってきたのは、カルディアだった。
今日も無駄のない装いで、視線はまっすぐ机に向かう。
「進捗は?」
「まとめました」
アウレリアは即答し、書類を差し出す。
「修正案と、今後三年分の税収予測です」
カルディアは、一瞬だけ眉を動かした。
「……三年分?」
「季節変動と人口推移を加味しました。
あくまで予測ですが、現行制度のままでは、二年後に歪みが出ます」
説明は簡潔だった。
余計な感情も、媚びもない。
カルディアは無言で書類に目を通す。
ページをめくる音だけが、執務室に響く。
アウレリアは黙って待った。
――評価を求めない。
ただ、結果を提示する。
しばらくして、カルディアが口を開いた。
「……この補助金の組み替え案」
「はい」
「なぜ、ここを削る?」
「即効性が低く、かつ恩恵が限定的です。
同じ予算なら、こちらに回した方が、反発も少ないかと」
「反発を考慮する理由は?」
「数字だけで動かすと、必ず歪みが出ます」
淡々とした答え。
カルディアは、ページを閉じた。
「……理解しているな」
その一言は、短いが重かった。
アウレリアは、ほんの少しだけ目を瞬いた。
それは、
能力を見た上での評価だった。
「王宮では、こうした案は通らなかったのか?」
不意に投げかけられた問い。
アウレリアは一瞬だけ考え、そして正直に答えた。
「……通っていましたわ。
ただし、私の名前は出ませんでした」
「なぜだ」
「婚約者が目立つのは、好まれませんから」
カルディアは、それ以上何も言わなかった。
だが、その沈黙には、明確な温度があった。
(……評価されていなかったわけではない。
評価する“立場”に、置かれていなかっただけ)
その事実を、彼は理解したのだ。
「今日から、これを正式案とする」
カルディアは書類を机に置く。
「周知と実行は、私が指示する」
「承知しました」
それだけで、話は終わった。
――余計な演出は、ない。
だが、それが何より心地よかった。
昼過ぎ。
領内の管理官たちが集められ、修正案が通達された。
「……変更点は以上だ」
カルディアの説明が終わると、ざわめきが起こる。
「かなり、踏み込んだ内容ですね」 「反発は……」
「問題ない」
カルディアは言い切った。
「数字と根拠は、こちらで確認している」
その言葉に、誰も反論しなかった。
アウレリアは少し離れた場所で、その様子を見ていた。
(……通るのですね)
王宮では、何度も説明し、根回しをし、
ようやく通るかどうか、という案だった。
ここでは違う。
必要と判断されれば、即、実行される。
――正当な評価とは、こういうものなのだ。
会議後。
カルディアはアウレリアを呼び止めた。
「……君に一つ、聞いておきたい」
「はい」
「この案、どこまで見通している?」
試すような視線。
アウレリアは、少しだけ考えてから答えた。
「三年先までは、確実に。
それ以降は、状況次第です」
「……正直だな」
「分からないことを、分かったふりはいたしません」
その答えに、カルディアはわずかに口角を上げた。
ほんの一瞬。
だが、確かに――笑った。
「……いい」
短い一言。
それだけで、十分だった。
一方、その頃。
王宮では、また一つ、重大な決裁が滞っていた。
「……なぜ、ノルディス公爵領の対応が、ここまで早い?」
文官の声が、苛立ちを含む。
王太子アレクシオンは、報告書を睨みつけていた。
「……アウレリア……」
その名が、無意識に零れる。
だが。
彼女はもう、
自分の隣にはいない。
そしてその事実が、
これからさらに、はっきりと突きつけられていくことになる。
ノルディス公爵領の朝は、規則正しい。
鐘の音が鳴る前から、執務館にはすでに人の気配があった。
使用人たちは無駄な私語を交わさず、各々の持ち場へと散っていく。
アウレリア・ローゼンベルクは、その一角――仮に与えられた執務机に座っていた。
昨夜、カルディア・ノルディスから渡された税収報告書。
彼女はそれを一晩で読み込み、修正案をまとめていた。
(……思った以上に、素直な帳簿ですわね)
不正が横行しているわけではない。
ただ、管理が粗い。
それだけに、改善の余地が大きい。
ペンを走らせ、計算を重ね、数字を並べ替える。
頭の中では、領内全体の流れが自然と組み上がっていく。
――王宮でやってきたことと、何一つ変わらない。
ただ一つ違うのは。
(ここでは、“当たり前”として扱われないこと)
ノックの音がした。
「……入れ」
低い声。
扉を開けて入ってきたのは、カルディアだった。
今日も無駄のない装いで、視線はまっすぐ机に向かう。
「進捗は?」
「まとめました」
アウレリアは即答し、書類を差し出す。
「修正案と、今後三年分の税収予測です」
カルディアは、一瞬だけ眉を動かした。
「……三年分?」
「季節変動と人口推移を加味しました。
あくまで予測ですが、現行制度のままでは、二年後に歪みが出ます」
説明は簡潔だった。
余計な感情も、媚びもない。
カルディアは無言で書類に目を通す。
ページをめくる音だけが、執務室に響く。
アウレリアは黙って待った。
――評価を求めない。
ただ、結果を提示する。
しばらくして、カルディアが口を開いた。
「……この補助金の組み替え案」
「はい」
「なぜ、ここを削る?」
「即効性が低く、かつ恩恵が限定的です。
同じ予算なら、こちらに回した方が、反発も少ないかと」
「反発を考慮する理由は?」
「数字だけで動かすと、必ず歪みが出ます」
淡々とした答え。
カルディアは、ページを閉じた。
「……理解しているな」
その一言は、短いが重かった。
アウレリアは、ほんの少しだけ目を瞬いた。
それは、
能力を見た上での評価だった。
「王宮では、こうした案は通らなかったのか?」
不意に投げかけられた問い。
アウレリアは一瞬だけ考え、そして正直に答えた。
「……通っていましたわ。
ただし、私の名前は出ませんでした」
「なぜだ」
「婚約者が目立つのは、好まれませんから」
カルディアは、それ以上何も言わなかった。
だが、その沈黙には、明確な温度があった。
(……評価されていなかったわけではない。
評価する“立場”に、置かれていなかっただけ)
その事実を、彼は理解したのだ。
「今日から、これを正式案とする」
カルディアは書類を机に置く。
「周知と実行は、私が指示する」
「承知しました」
それだけで、話は終わった。
――余計な演出は、ない。
だが、それが何より心地よかった。
昼過ぎ。
領内の管理官たちが集められ、修正案が通達された。
「……変更点は以上だ」
カルディアの説明が終わると、ざわめきが起こる。
「かなり、踏み込んだ内容ですね」 「反発は……」
「問題ない」
カルディアは言い切った。
「数字と根拠は、こちらで確認している」
その言葉に、誰も反論しなかった。
アウレリアは少し離れた場所で、その様子を見ていた。
(……通るのですね)
王宮では、何度も説明し、根回しをし、
ようやく通るかどうか、という案だった。
ここでは違う。
必要と判断されれば、即、実行される。
――正当な評価とは、こういうものなのだ。
会議後。
カルディアはアウレリアを呼び止めた。
「……君に一つ、聞いておきたい」
「はい」
「この案、どこまで見通している?」
試すような視線。
アウレリアは、少しだけ考えてから答えた。
「三年先までは、確実に。
それ以降は、状況次第です」
「……正直だな」
「分からないことを、分かったふりはいたしません」
その答えに、カルディアはわずかに口角を上げた。
ほんの一瞬。
だが、確かに――笑った。
「……いい」
短い一言。
それだけで、十分だった。
一方、その頃。
王宮では、また一つ、重大な決裁が滞っていた。
「……なぜ、ノルディス公爵領の対応が、ここまで早い?」
文官の声が、苛立ちを含む。
王太子アレクシオンは、報告書を睨みつけていた。
「……アウレリア……」
その名が、無意識に零れる。
だが。
彼女はもう、
自分の隣にはいない。
そしてその事実が、
これからさらに、はっきりと突きつけられていくことになる。
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