婚約破棄されたので白い婚約を選びましたが、いつの間にか本命になっていました

鷹 綾

文字の大きさ
10 / 30

第10話 違いを思い知る

しおりを挟む
第10話 違いを思い知る

 同じ朝でも、場所が違えば、景色はまるで違う。

 ノルディス公爵領の執務館では、朝の鐘が鳴る頃にはすでに一日の流れが定まっていた。
 誰が、何を、いつまでに行うのか。
 それが、曖昧になることはない。

「本日の優先案件は三件。
 第一は税制改定の通達、第二は物流拠点の再配置、第三は来月の視察対応です」

 管理官の報告に、カルディア・ノルディスは短く頷いた。

「予定通り進めろ」

「はっ」

 それだけで、会議は終わる。

 無駄な確認も、責任の押し付け合いもない。

 アウレリア・ローゼンベルクは、少し離れた位置でその様子を見ていた。

(……判断が、早い)

 それは決して、独断ではない。
 必要な情報が、すでに整理されているからこそ可能なのだ。

 彼女が整えた資料は、すでに領内の各部署に行き渡っている。
 誰もが同じ前提を共有しているから、議論がぶれない。

「アウレリア」

 カルディアが声をかける。

「物流拠点の件、現場から異論は?」

「現時点ではありません。
 ただ、南部の商人組合が、輸送路の変更に不安を示しています」

「対策は?」

「代替路の試算を提示すれば、納得するかと。
 数字は、すでにまとめてあります」

「……無駄がないな」

 それは、感想ではなく確認だった。

 アウレリアは、軽く一礼する。

「仕事ですから」

 それ以上の言葉は、必要なかった。

 一方、その頃。

 王宮では、同じ「物流」に関する案件が、全く進んでいなかった。

「……この再配置案、本当に必要なのか?」

 会議室で、アレクシオンが苛立ちを隠さずに言う。

「殿下、これは地方からの要請で……」

「だが、反発もあるだろう?」

「ええ、その……」

 文官は言葉に詰まる。

 反発があるのは事実だ。
 だが、それをどう抑えるか、誰も案を出せない。

 かつてなら。

(……アウレリアが、代替案を……)

 その考えが、無意識に浮かぶ。

 だが、すぐに打ち消す。

「……いや」

 アレクシオンは首を振る。

「彼女に頼らずとも、進められるはずだ」

 だが、現実は残酷だった。

「では……本件は、次回に持ち越しということで……」

 そう言われた瞬間、会議室に重たい沈黙が落ちる。

 ――また、決まらなかった。

 昼過ぎ。

 ノルディス公爵領では、すでに物流再配置の通達が出されていた。

 商人組合の代表が、執務館を訪れる。

「突然の変更には驚きましたが……」

 彼は、差し出された資料に目を通し、次第に表情を変えていく。

「……この試算、本当に正確なのですか?」

「はい」

 アウレリアは、落ち着いた声で答える。

「輸送時間は平均で一割短縮。
 燃料費は抑えられ、損失は最小限です」

「……なるほど」

 代表は、深く息を吐いた。

「ここまで準備されているなら……反対する理由はありません」

 交渉は、わずか十分で終わった。

 カルディアは、その様子を静かに見ていた。

(……説得ではない。
 理解させている)

 力で押すのでも、情に訴えるのでもない。
 事実と数字で、自然に納得させている。

 これが、彼女のやり方だった。

 夕刻。

 カルディアは執務室で、アウレリアに言った。

「王宮では、こうはいかなかっただろう」

「……はい」

 アウレリアは、正直に頷く。

「決定よりも、配慮が優先されていました」

「悪いとは言わん」

 カルディアは淡々と続ける。

「だが、結果が伴わなければ、意味はない」

 その言葉に、アウレリアは静かに微笑んだ。

「……同感ですわ」

 一方、その頃。

 王宮では、物流の件が未だに“検討中”のままだった。

「ノルディス公爵領は、すでに動いたそうだ」

 文官の報告に、会議室がざわつく。

「……早すぎるのでは?」 「反発は……?」

「……今のところ、問題なしとのことです」

 その言葉に、アレクシオンは言葉を失う。

 同じ案件。
 同じ条件。

 それなのに、結果は正反対だった。

「……なぜだ」

 小さく呟いたその声は、誰の耳にも届かなかった。

 だが、彼自身にははっきりと届いていた。

 ――違いは、明白だった。

 誰が、
 流れを作っていたのか。

 夜。

 アウレリアは、窓辺に立ち、静かな公爵領の灯りを眺めていた。

(……ここでは、仕事が仕事として終わる)

 持ち帰る感情も、後悔もない。

 ただ、やるべきことをやり、評価される。

 それだけで、十分だった。

 その背後で、カルディアが静かに言う。

「……君が来てから、領内の判断が速くなった」

 アウレリアは、驚いたように振り返る。

「それは……」

「事実だ」

 短く、だが断定的な言葉。

 それ以上の賛辞は、なかった。

 ――だが、それこそが。

 アウレリア・ローゼンベルクが、
 ずっと求めていた評価だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました

お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。 その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。

【完結】「お前を愛することはない」と言われましたが借金返済の為にクズな旦那様に嫁ぎました

華抹茶
恋愛
度重なる不運により領地が大打撃を受け、復興するも被害が大きすぎて家は多額の借金を作ってしまい没落寸前まで追い込まれた。そんな時その借金を肩代わりするために申し込まれた縁談を受けることに。 「私はお前を愛することはない。これは契約結婚だ」 「…かしこまりました」  初めての顔合わせの日、開口一番そう言われて私はニコラーク伯爵家へと嫁ぐことになった。  そしてわずか1週間後、結婚式なんて挙げることもなく籍だけを入れて、私―アメリア・リンジーは身一つで伯爵家へと移った。 ※なろうさんでも公開しています。

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」

仙冬可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。 「で、政略結婚って言われましてもお父様……」 優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。 適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。 それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。 のんびりに見えて豪胆な令嬢と 体力系にしか自信がないワンコ令息 24.4.87 本編完結 以降不定期で番外編予定

処理中です...