婚約破棄されたので白い婚約を選びましたが、いつの間にか本命になっていました

鷹 綾

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第10話 違いを思い知る

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第10話 違いを思い知る

 同じ朝でも、場所が違えば、景色はまるで違う。

 ノルディス公爵領の執務館では、朝の鐘が鳴る頃にはすでに一日の流れが定まっていた。
 誰が、何を、いつまでに行うのか。
 それが、曖昧になることはない。

「本日の優先案件は三件。
 第一は税制改定の通達、第二は物流拠点の再配置、第三は来月の視察対応です」

 管理官の報告に、カルディア・ノルディスは短く頷いた。

「予定通り進めろ」

「はっ」

 それだけで、会議は終わる。

 無駄な確認も、責任の押し付け合いもない。

 アウレリア・ローゼンベルクは、少し離れた位置でその様子を見ていた。

(……判断が、早い)

 それは決して、独断ではない。
 必要な情報が、すでに整理されているからこそ可能なのだ。

 彼女が整えた資料は、すでに領内の各部署に行き渡っている。
 誰もが同じ前提を共有しているから、議論がぶれない。

「アウレリア」

 カルディアが声をかける。

「物流拠点の件、現場から異論は?」

「現時点ではありません。
 ただ、南部の商人組合が、輸送路の変更に不安を示しています」

「対策は?」

「代替路の試算を提示すれば、納得するかと。
 数字は、すでにまとめてあります」

「……無駄がないな」

 それは、感想ではなく確認だった。

 アウレリアは、軽く一礼する。

「仕事ですから」

 それ以上の言葉は、必要なかった。

 一方、その頃。

 王宮では、同じ「物流」に関する案件が、全く進んでいなかった。

「……この再配置案、本当に必要なのか?」

 会議室で、アレクシオンが苛立ちを隠さずに言う。

「殿下、これは地方からの要請で……」

「だが、反発もあるだろう?」

「ええ、その……」

 文官は言葉に詰まる。

 反発があるのは事実だ。
 だが、それをどう抑えるか、誰も案を出せない。

 かつてなら。

(……アウレリアが、代替案を……)

 その考えが、無意識に浮かぶ。

 だが、すぐに打ち消す。

「……いや」

 アレクシオンは首を振る。

「彼女に頼らずとも、進められるはずだ」

 だが、現実は残酷だった。

「では……本件は、次回に持ち越しということで……」

 そう言われた瞬間、会議室に重たい沈黙が落ちる。

 ――また、決まらなかった。

 昼過ぎ。

 ノルディス公爵領では、すでに物流再配置の通達が出されていた。

 商人組合の代表が、執務館を訪れる。

「突然の変更には驚きましたが……」

 彼は、差し出された資料に目を通し、次第に表情を変えていく。

「……この試算、本当に正確なのですか?」

「はい」

 アウレリアは、落ち着いた声で答える。

「輸送時間は平均で一割短縮。
 燃料費は抑えられ、損失は最小限です」

「……なるほど」

 代表は、深く息を吐いた。

「ここまで準備されているなら……反対する理由はありません」

 交渉は、わずか十分で終わった。

 カルディアは、その様子を静かに見ていた。

(……説得ではない。
 理解させている)

 力で押すのでも、情に訴えるのでもない。
 事実と数字で、自然に納得させている。

 これが、彼女のやり方だった。

 夕刻。

 カルディアは執務室で、アウレリアに言った。

「王宮では、こうはいかなかっただろう」

「……はい」

 アウレリアは、正直に頷く。

「決定よりも、配慮が優先されていました」

「悪いとは言わん」

 カルディアは淡々と続ける。

「だが、結果が伴わなければ、意味はない」

 その言葉に、アウレリアは静かに微笑んだ。

「……同感ですわ」

 一方、その頃。

 王宮では、物流の件が未だに“検討中”のままだった。

「ノルディス公爵領は、すでに動いたそうだ」

 文官の報告に、会議室がざわつく。

「……早すぎるのでは?」 「反発は……?」

「……今のところ、問題なしとのことです」

 その言葉に、アレクシオンは言葉を失う。

 同じ案件。
 同じ条件。

 それなのに、結果は正反対だった。

「……なぜだ」

 小さく呟いたその声は、誰の耳にも届かなかった。

 だが、彼自身にははっきりと届いていた。

 ――違いは、明白だった。

 誰が、
 流れを作っていたのか。

 夜。

 アウレリアは、窓辺に立ち、静かな公爵領の灯りを眺めていた。

(……ここでは、仕事が仕事として終わる)

 持ち帰る感情も、後悔もない。

 ただ、やるべきことをやり、評価される。

 それだけで、十分だった。

 その背後で、カルディアが静かに言う。

「……君が来てから、領内の判断が速くなった」

 アウレリアは、驚いたように振り返る。

「それは……」

「事実だ」

 短く、だが断定的な言葉。

 それ以上の賛辞は、なかった。

 ――だが、それこそが。

 アウレリア・ローゼンベルクが、
 ずっと求めていた評価だった。
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