婚約破棄されたので白い婚約を選びましたが、いつの間にか本命になっていました

鷹 綾

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第11話 形式上の婚約

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第11話 形式上の婚約

 ノルディス公爵領に、静かな緊張が走ったのは、午後の執務が一段落した頃だった。

「……王都から、正式な使者が到着しました」

 執事の報告に、執務室の空気がわずかに変わる。

 カルディア・ノルディスは書類から目を離さず、短く答えた。

「通せ」

 扉の外で待っていた使者は、いかにも王宮らしい装いをしていた。
 丁寧ではあるが、どこか探るような視線。

「ノルディス公爵閣下。
 王宮より、いくつか確認と――ご相談がありまして」

「用件を言え」

 余計な前置きを許さない声音。

 使者は一瞬たじろぎ、それでも続けた。

「……最近、公爵領の動きが非常に速く、
 王宮としても無視できない影響が出ております」

 カルディアは、ようやく顔を上げた。

「それが?」

「アウレリア・ローゼンベルク様が、
 こちらで補佐を務めておられると伺いました」

 その名が出た瞬間、
 室内にいる全員が、ほんのわずかに息を詰める。

 ――王宮は、気づいたのだ。

「彼女は、我が領の協力者だ」

 カルディアの返答は、それだけだった。

「……王宮としては、その影響力を考慮し、
 公爵閣下との関係を、より明確にしたいと考えております」

「明確に?」

 使者は、慎重に言葉を選んだ。

「つまり……
 形式上でも構いませんので、
 婚約、あるいはそれに準ずる関係を」

 その言葉に、アウレリアは静かに瞬きをした。

(……なるほど)

 王宮は、彼女を“取り戻す”ことはできない。
 ならば、囲い込まれるのを防ぐため、
 関係性を固定したい。

 ――実に、王宮らしい判断だった。

 使者は、ちらりとアウレリアを見る。

「もちろん、アウレリア様のご意思を最優先に……」

「下がれ」

 カルディアの声が、空気を切った。

「この話は、こちらで判断する」

「……承知いたしました」

 使者が退室すると、執務室には静寂が戻った。

 カルディアは、しばらく無言で窓の外を見ていた。

 やがて、アウレリアに向き直る。

「……率直に聞く」

 その声は、いつもより少し低い。

「君は、どう思う」

 アウレリアは、即答しなかった。

 頭の中で、状況を整理する。

 形式上の婚約。
 政治的な防波堤。
 感情は不要。

(……悪くない、どころか)

 彼女は、ゆっくりと口を開いた。

「条件次第、ですわ」

 カルディアは頷く。

「干渉しない。
 自由を奪わない。
 仕事の評価と、私生活を混同しない」

 それは、彼女が望んできたすべてだった。

「……白い婚約、ということですね」

「ああ」

 カルディアは即答した。

「世間体と、防御のための関係だ」

 アウレリアは、静かに微笑んだ。

「理想的ですわ」

 その言葉に、カルディアの眉がわずかに動く。

「……即答か」

「王宮に戻れ、と言われるより、
 よほど合理的ですもの」

 それは、本心だった。

 恋愛感情はない。
 だが、信頼はある。

 少なくとも、
 ここでは、彼女は“駒”ではない。

「では、決まりだ」

 カルディアは立ち上がる。

「形式上の婚約を、受け入れる」

「承知しました」

 その瞬間、
 二人の関係は、確かに変わった。

 だが、それは束縛ではない。
 むしろ――守りの形だった。

 一方、その知らせは、すぐに王宮へ届く。

「……ノルディス公爵と、
 アウレリア・ローゼンベルクが、婚約?」

 アレクシオンは、報告書を握り潰しそうになった。

「形式上……だと?」

 胸の奥で、
 はっきりとした焦りが生まれる。

 ――もう、戻らない。

 その事実を、
 王宮も、王太子も、
 ようやく理解し始めていた。

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