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第12話 干渉しない約束
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第12話 干渉しない約束
形式上の婚約が決まった翌朝も、ノルディス公爵領の空気は変わらなかった。
誰も浮き足立たず、誰も騒がない。
噂が走るよりも早く、日常は淡々と進んでいく。
――それが、アウレリア・ローゼンベルクには心地よかった。
(……本当に、何も変わりませんのね)
執務館の廊下を歩きながら、彼女は小さく息を吐いた。
使用人たちの態度も、昨日までと同じ。
過剰な敬意も、妙な遠慮もない。
“公爵の婚約者”として扱われることもなければ、
“特別な存在”として持ち上げられることもない。
(……ありがたいですわ)
王宮でなら、あり得なかったことだ。
執務室に入ると、すでにカルディア・ノルディスが席についていた。
机の上には、いつも通り整然と書類が並んでいる。
「おはようございます」
「……ああ」
短い返事。
昨日、形式上とはいえ婚約を交わした相手とは思えないほど、いつも通りだ。
――それが、いい。
「今日の予定ですが」
アウレリアは、自然な流れで報告を始める。
「午前は税制改定の細部調整、午後は南部視察の準備です」
「問題は?」
「商人組合から追加の質問が来ていますが、想定内です」
「なら、対応は君に任せる」
「承知しました」
それだけで、会話は終わる。
余計な言葉も、気遣いもない。
だが、不思議と冷たさは感じなかった。
(……信頼、なのでしょうね)
仕事を任せる、という行為そのものが。
午前中。
アウレリアは、商人組合の代表と面会していた。
「形式上の婚約、おめでとうございます」
代表は、穏やかな笑みでそう言った。
「ありがとうございます」
アウレリアは、必要最低限の礼だけを返す。
「ですが……これで、発言力が増す、ということは?」
「いいえ」
彼女は、即答した。
「私の立場は、これまでと変わりません」
「……変わらない、のですか」
「仕事の内容と、私的な関係は別です」
代表は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに納得したように頷いた。
「……なるほど。
公爵領が安定している理由が、分かる気がします」
交渉は、滞りなく終わった。
午後。
執務室に戻ると、カルディアが珍しく書類から顔を上げた。
「……支障は?」
「特に」
アウレリアは簡潔に答える。
「形式上の婚約について、何か言われましたが……
業務には影響ありません」
「そうか」
カルディアは、それ以上踏み込まなかった。
しばらく沈黙。
だが、それは気まずいものではない。
やがて、カルディアが口を開いた。
「……一つ、確認しておく」
「はい」
「この婚約は、防御のためのものだ。
君の自由を縛る意図はない」
改めての確認だった。
アウレリアは、少しだけ目を瞬かせ、微笑む。
「承知しておりますわ」
「……ならいい」
それだけ言って、彼は再び書類に目を戻した。
だが、その声には、わずかな――
安堵が、混じっていたように聞こえた。
(……過干渉を、嫌っているのは、この方も同じ)
だからこそ、この距離感が成立する。
夕刻。
公爵邸の廊下で、二人は偶然並んで歩くことになった。
沈黙が、自然に続く。
ふと、カルディアが言った。
「……王宮から、何か連絡は?」
「いいえ」
アウレリアは首を振る。
「今のところは」
“今のところは”。
その言葉に、含みがあることを、二人とも理解していた。
「……もし、来たら」
カルディアは一瞬言葉を切り、続ける。
「無視して構わない。
必要なら、私が表に立つ」
その言葉に、アウレリアは足を止めた。
「……ありがとうございます」
それは、初めて向けられた、
明確な庇護の意思だった。
だが、カルディアはすぐに付け加える。
「誤解するな。
仕事に支障が出るのが嫌なだけだ」
アウレリアは、思わず小さく笑った。
「ええ。分かっております」
その笑みを見て、カルディアは一瞬だけ視線を逸らした。
――ほんのわずかに。
夜。
自室に戻ったアウレリアは、窓辺に立ち、静かな公爵領を眺めていた。
(……干渉しない、という約束)
それは、冷たい距離ではない。
互いの領域を尊重し、
必要な時だけ、手を差し伸べる関係。
(……悪くありませんわ)
むしろ、理想的だ。
一方、その頃。
王宮では、婚約の報が広まり、別の空気が生まれていた。
「……もう、彼女に口出しはできないな」 「公爵家が後ろ盾では……」
そんな声が、静かに増えていく。
アレクシオンだけが、その現実を、まだ飲み込めずにいた。
「……形式上、だろう?」
そう呟きながらも、
胸の奥に広がる不安を、否定できずにいる。
――干渉できないのは、
もう自分の方なのだと。
形式上の婚約が決まった翌朝も、ノルディス公爵領の空気は変わらなかった。
誰も浮き足立たず、誰も騒がない。
噂が走るよりも早く、日常は淡々と進んでいく。
――それが、アウレリア・ローゼンベルクには心地よかった。
(……本当に、何も変わりませんのね)
執務館の廊下を歩きながら、彼女は小さく息を吐いた。
使用人たちの態度も、昨日までと同じ。
過剰な敬意も、妙な遠慮もない。
“公爵の婚約者”として扱われることもなければ、
“特別な存在”として持ち上げられることもない。
(……ありがたいですわ)
王宮でなら、あり得なかったことだ。
執務室に入ると、すでにカルディア・ノルディスが席についていた。
机の上には、いつも通り整然と書類が並んでいる。
「おはようございます」
「……ああ」
短い返事。
昨日、形式上とはいえ婚約を交わした相手とは思えないほど、いつも通りだ。
――それが、いい。
「今日の予定ですが」
アウレリアは、自然な流れで報告を始める。
「午前は税制改定の細部調整、午後は南部視察の準備です」
「問題は?」
「商人組合から追加の質問が来ていますが、想定内です」
「なら、対応は君に任せる」
「承知しました」
それだけで、会話は終わる。
余計な言葉も、気遣いもない。
だが、不思議と冷たさは感じなかった。
(……信頼、なのでしょうね)
仕事を任せる、という行為そのものが。
午前中。
アウレリアは、商人組合の代表と面会していた。
「形式上の婚約、おめでとうございます」
代表は、穏やかな笑みでそう言った。
「ありがとうございます」
アウレリアは、必要最低限の礼だけを返す。
「ですが……これで、発言力が増す、ということは?」
「いいえ」
彼女は、即答した。
「私の立場は、これまでと変わりません」
「……変わらない、のですか」
「仕事の内容と、私的な関係は別です」
代表は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに納得したように頷いた。
「……なるほど。
公爵領が安定している理由が、分かる気がします」
交渉は、滞りなく終わった。
午後。
執務室に戻ると、カルディアが珍しく書類から顔を上げた。
「……支障は?」
「特に」
アウレリアは簡潔に答える。
「形式上の婚約について、何か言われましたが……
業務には影響ありません」
「そうか」
カルディアは、それ以上踏み込まなかった。
しばらく沈黙。
だが、それは気まずいものではない。
やがて、カルディアが口を開いた。
「……一つ、確認しておく」
「はい」
「この婚約は、防御のためのものだ。
君の自由を縛る意図はない」
改めての確認だった。
アウレリアは、少しだけ目を瞬かせ、微笑む。
「承知しておりますわ」
「……ならいい」
それだけ言って、彼は再び書類に目を戻した。
だが、その声には、わずかな――
安堵が、混じっていたように聞こえた。
(……過干渉を、嫌っているのは、この方も同じ)
だからこそ、この距離感が成立する。
夕刻。
公爵邸の廊下で、二人は偶然並んで歩くことになった。
沈黙が、自然に続く。
ふと、カルディアが言った。
「……王宮から、何か連絡は?」
「いいえ」
アウレリアは首を振る。
「今のところは」
“今のところは”。
その言葉に、含みがあることを、二人とも理解していた。
「……もし、来たら」
カルディアは一瞬言葉を切り、続ける。
「無視して構わない。
必要なら、私が表に立つ」
その言葉に、アウレリアは足を止めた。
「……ありがとうございます」
それは、初めて向けられた、
明確な庇護の意思だった。
だが、カルディアはすぐに付け加える。
「誤解するな。
仕事に支障が出るのが嫌なだけだ」
アウレリアは、思わず小さく笑った。
「ええ。分かっております」
その笑みを見て、カルディアは一瞬だけ視線を逸らした。
――ほんのわずかに。
夜。
自室に戻ったアウレリアは、窓辺に立ち、静かな公爵領を眺めていた。
(……干渉しない、という約束)
それは、冷たい距離ではない。
互いの領域を尊重し、
必要な時だけ、手を差し伸べる関係。
(……悪くありませんわ)
むしろ、理想的だ。
一方、その頃。
王宮では、婚約の報が広まり、別の空気が生まれていた。
「……もう、彼女に口出しはできないな」 「公爵家が後ろ盾では……」
そんな声が、静かに増えていく。
アレクシオンだけが、その現実を、まだ飲み込めずにいた。
「……形式上、だろう?」
そう呟きながらも、
胸の奥に広がる不安を、否定できずにいる。
――干渉できないのは、
もう自分の方なのだと。
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