婚約破棄されたので白い婚約を選びましたが、いつの間にか本命になっていました

鷹 綾

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第14話 噂になるということ  ノルディス公爵領に、目に見えない変化が生まれ始めていた。  それは改革の成果でも、税制の話でもない。  

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第14話 噂になるということ

 ノルディス公爵領に、目に見えない変化が生まれ始めていた。

 それは改革の成果でも、税制の話でもない。
 もっと些細で、もっと厄介なもの――噂だ。

「最近……公爵様とアウレリア様、よく一緒にいらっしゃいますよね」

 洗濯場で、使用人の一人がぽつりと漏らす。

「ええ。でも、いつもお仕事の話ばかりみたいですよ?」 「それでもですよ。前は、公爵様が誰かと並んで歩くこと自体、滅多になかったでしょう?」

 別の使用人が頷いた。

「確かに……アウレリア様が来てから、雰囲気が変わった気がします」

 声は小さい。
 だが、完全に否定されることもない。

 ――それが、噂の芽だった。

 執務館では、今日もいつも通り、業務が進んでいる。

「南部視察の件ですが」

 アウレリア・ローゼンベルクは、資料を指し示しながら説明していた。

「この村では、聞き取り時間を長めに取った方が良いかと」

「理由は?」

 カルディア・ノルディスは、即座に問い返す。

「改革の恩恵を実感している分、要望が具体的です。
 途中で切り上げると、不満が残ります」

「……分かった」

 それだけで、決定。

 周囲の管理官たちは、そのやり取りを当たり前のように見ている。

 だが、内心では。

(……息が合っているな) (説明が短いのに、判断が早い)

 そんな感想が、少しずつ積み重なっていた。

 昼休憩。

 執務館の小さな食堂で、管理官の一人が苦笑する。

「形式上の婚約、でしたよね」

「ええ、そう聞いています」 「でも……仕事の相棒としては、理想的すぎませんか?」

 誰も否定しなかった。

 それは、あまりにも事実だったからだ。

 一方、その“中心”にいる二人は。

「……視察の日程、問題ありませんわね」

「移動距離も妥当だ」

 いつも通り、淡々としている。

 アウレリア自身、噂が立ち始めていることに、うっすらと気づいてはいた。

(……視線が、少し増えましたわね)

 だが、それを深く考えることはなかった。

 理由は明確だ。

(私たちは、婚約者ではありますけれど……
 あくまで、形式上)

 感情を交える余地はない。
 そう、信じている。

 夕刻。

 執務を終えた後、アウレリアは一人、回廊を歩いていた。

 その途中、年配の使用人に呼び止められる。

「アウレリア様」

「はい?」

「差し出がましいことを申し上げるようですが……」

 言い淀む様子に、彼女は首を傾げた。

「最近、少しお疲れではありませんか」

「……いえ、大丈夫です」

「そうであれば、よろしいのですが」

 使用人は、柔らかく微笑む。

「公爵様も、アウレリア様のご負担を気にしておられるようですので」

 その言葉に、アウレリアは一瞬、言葉を失った。

「……公爵が?」

「はい。
 以前は、執務が終わればすぐにご自室へ戻られていましたが……
 最近は、様子を見てから戻られることが増えました」

 心臓が、わずかに跳ねた。

(……そんなこと)

 知らなかった。

「お仕事のため、でしょう」

 そう返すと、使用人は否定も肯定もせず、軽く頭を下げた。

「ええ。
 そういうことに、しておきましょう」

 含みのある言い方だった。

 夜。

 アウレリアは自室で、書類を整理しながら考え込んでいた。

(……私が知らないところで、
 見られている、ということ?)

 それは、王宮で慣れ親しんだ視線とは違う。

 評価でも、監視でもない。
 もっと曖昧で、説明しづらいもの。

 ――関心。

 それに気づいた瞬間、
 胸の奥が、少しだけざわついた。

 一方、カルディアもまた、自室で書類を閉じていた。

(……周囲が、妙に静かだ)

 噂が立ち始めていることには、薄々気づいている。

 だが、それを制する気はなかった。

 理由は単純だ。

 事実として、
 アウレリアは有能で、
 公爵領にとって必要な存在だから。

(……それ以上の意味はない)

 そう、理屈では分かっている。

 だが。

 彼女が疲れた顔を見せないか、
 無理をしていないか、
 自然と視線が向いてしまうこともまた、事実だった。

「……白い婚約、か」

 その言葉を口にした瞬間、
 胸の奥に、微かな違和感が生まれる。

 合理的で、便利で、問題のない関係。

 ――本当に、それだけだろうか。

 翌日。

 視察の準備が最終段階に入り、二人は再び並んで資料を確認していた。

 何気ない距離。
 何気ない会話。

 だが、周囲の空気は、少しだけ変わっている。

 誰よりも先に、
 周囲が気づき始めていた。

 この関係が、
 単なる「形式」では終わらないかもしれない、ということに。


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