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第23話 周囲の視線
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第23話 周囲の視線
それに最初に気づいたのは、当人たちではなかった。
「……最近、執務館の空気、変わりましたよね」
昼下がり、資料室で帳簿整理をしていた管理官の一人が、ぽつりと呟いた。
「え? そうですか?」
「ええ。
なんというか……落ち着いてる、というか」
別の管理官が、意味ありげに頷く。
「確かに。
前は、常に張りつめていましたからね」
彼らの視線は、自然と窓の外へ向かう。
中庭を挟んだ先で、アウレリア・ローゼンベルクが、書類を手に歩いている姿が見えた。
その少し後ろを、カルディア・ノルディスが静かに追っている。
距離は近すぎず、離れすぎず。
声をかけるでもなく、
だが、完全に無関心でもない。
「……今の、見ました?」
「見ました」
「公爵様、何も言わずに歩調、合わせてましたよね」
その言葉に、別の管理官が目を瞬かせる。
「……あれ、前からでしたか?」
「いいえ。
前は、必要な時しか同行されませんでした」
沈黙。
誰かが、ぽつりと結論を落とす。
「……気にかけてる、ってことですよね」
それは、否定しがたい事実だった。
一方その頃。
アウレリアは、次の会議資料を抱えながら、歩いていた。
(……少し、急ぎすぎましたかしら)
そう思った瞬間。
「……無理をするな」
低い声が、すぐ後ろからかかる。
振り返ると、カルディアがいた。
「会議まで、まだ時間はある」
「……承知しています」
アウレリアは頷く。
「ですが、早めに準備しておきたいだけです」
「……そうか」
それ以上、何も言わない。
だが、彼は自然と彼女の歩調に合わせ、
隣を歩くようになった。
(……当たり前のように)
それが、不思議だった。
以前なら、
公爵が自分の歩調に合わせるなど、考えられなかった。
会議室に入ると、すでに数名の管理官が集まっていた。
「おはようございます」
「おはようございます、アウレリア様」
「……公爵様も」
挨拶を交わしながら、
何人かが、そっと二人を見比べる。
特別な距離感ではない。
触れてもいない。
それでも。
(……近い)
そう感じてしまうのは、なぜなのか。
会議が始まる。
アウレリアが説明し、
管理官たちが意見を出し、
カルディアが最終判断を下す。
いつも通りの流れ。
だが、途中で。
「……少し休憩を挟む」
カルディアが、珍しくそう告げた。
「集中力が落ちている」
管理官たちは一瞬、驚いたが、すぐに頷いた。
休憩時間。
アウレリアが資料を整理していると、
一人の年配の管理官が、そっと声をかけてくる。
「……失礼ですが」
「はい?」
「最近、公爵様……
随分と、気にかけておられますな」
その言葉に、アウレリアは思わず瞬きをした。
「……何を、でしょうか」
「アウレリア様のことを、です」
はっきりとした指摘。
彼女は、一瞬、言葉に詰まる。
「それは……業務上の配慮では?」
「ええ。
もちろん、それもあるでしょう」
だが、と管理官は微笑んだ。
「しかし、業務上の配慮で、
あそこまで“様子を見る”方ではありません」
アウレリアは、返す言葉を探す。
「……白い婚約、ですから」
「承知しております」
「感情的なものではありませんわ」
そう言い切った瞬間、
管理官は、少しだけ困ったように笑った。
「……感情というのは、
本人が自覚する前に、
周囲から見えるものですよ」
その言葉に、
アウレリアの胸が、わずかに揺れた。
「……そのようなことは」
「否定なさるのは、ご自由です」
管理官は、あくまで穏やかだ。
「ですが、我々から見れば……
もう十分、特別ですよ」
その後、彼はそれ以上何も言わず、席を立った。
残されたアウレリアは、しばらく動けなかった。
(……特別)
その言葉が、頭の中で反芻される。
(……そんなはず、ありません)
合理的な関係。
白い婚約。
互いに干渉しない。
そう、決めたはずだ。
なのに。
会議後、廊下を歩いていると、
カルディアが声をかけてくる。
「……疲れているな」
「……そう見えますか」
「ああ」
即答。
「今日は、これ以上入れるな」
「ですが――」
「判断は、私がする」
それだけ。
有無を言わせない口調だが、
そこに圧はない。
ただの、気遣い。
……当たり前になった気遣い。
(……皆さんの言うとおり、なのでしょうか)
その夜。
アウレリアは、部屋で一人、灯りを落としながら考えていた。
周囲の視線。
管理官の言葉。
(……私は、まだ何も変わっていない)
そう思いたかった。
だが。
(……変わっていないのは、
名前と形式だけ、かもしれません)
一方、カルディアもまた、
執務室で部下から言われていた。
「……公爵様、最近お優しいですね」
「何の話だ」
「アウレリア様への対応です」
即答で、眉が寄る。
「業務上の判断だ」
「ええ。
ですが……」
部下は、にやりと笑った。
「皆、そう言っております」
カルディアは、黙った。
反論しようとして、
言葉が見つからなかった。
――周囲の視線は、
もう十分に集まり始めている。
白い婚約は、
いつまでも“白いまま”では、
いられないのかもしれなかった。
---
それに最初に気づいたのは、当人たちではなかった。
「……最近、執務館の空気、変わりましたよね」
昼下がり、資料室で帳簿整理をしていた管理官の一人が、ぽつりと呟いた。
「え? そうですか?」
「ええ。
なんというか……落ち着いてる、というか」
別の管理官が、意味ありげに頷く。
「確かに。
前は、常に張りつめていましたからね」
彼らの視線は、自然と窓の外へ向かう。
中庭を挟んだ先で、アウレリア・ローゼンベルクが、書類を手に歩いている姿が見えた。
その少し後ろを、カルディア・ノルディスが静かに追っている。
距離は近すぎず、離れすぎず。
声をかけるでもなく、
だが、完全に無関心でもない。
「……今の、見ました?」
「見ました」
「公爵様、何も言わずに歩調、合わせてましたよね」
その言葉に、別の管理官が目を瞬かせる。
「……あれ、前からでしたか?」
「いいえ。
前は、必要な時しか同行されませんでした」
沈黙。
誰かが、ぽつりと結論を落とす。
「……気にかけてる、ってことですよね」
それは、否定しがたい事実だった。
一方その頃。
アウレリアは、次の会議資料を抱えながら、歩いていた。
(……少し、急ぎすぎましたかしら)
そう思った瞬間。
「……無理をするな」
低い声が、すぐ後ろからかかる。
振り返ると、カルディアがいた。
「会議まで、まだ時間はある」
「……承知しています」
アウレリアは頷く。
「ですが、早めに準備しておきたいだけです」
「……そうか」
それ以上、何も言わない。
だが、彼は自然と彼女の歩調に合わせ、
隣を歩くようになった。
(……当たり前のように)
それが、不思議だった。
以前なら、
公爵が自分の歩調に合わせるなど、考えられなかった。
会議室に入ると、すでに数名の管理官が集まっていた。
「おはようございます」
「おはようございます、アウレリア様」
「……公爵様も」
挨拶を交わしながら、
何人かが、そっと二人を見比べる。
特別な距離感ではない。
触れてもいない。
それでも。
(……近い)
そう感じてしまうのは、なぜなのか。
会議が始まる。
アウレリアが説明し、
管理官たちが意見を出し、
カルディアが最終判断を下す。
いつも通りの流れ。
だが、途中で。
「……少し休憩を挟む」
カルディアが、珍しくそう告げた。
「集中力が落ちている」
管理官たちは一瞬、驚いたが、すぐに頷いた。
休憩時間。
アウレリアが資料を整理していると、
一人の年配の管理官が、そっと声をかけてくる。
「……失礼ですが」
「はい?」
「最近、公爵様……
随分と、気にかけておられますな」
その言葉に、アウレリアは思わず瞬きをした。
「……何を、でしょうか」
「アウレリア様のことを、です」
はっきりとした指摘。
彼女は、一瞬、言葉に詰まる。
「それは……業務上の配慮では?」
「ええ。
もちろん、それもあるでしょう」
だが、と管理官は微笑んだ。
「しかし、業務上の配慮で、
あそこまで“様子を見る”方ではありません」
アウレリアは、返す言葉を探す。
「……白い婚約、ですから」
「承知しております」
「感情的なものではありませんわ」
そう言い切った瞬間、
管理官は、少しだけ困ったように笑った。
「……感情というのは、
本人が自覚する前に、
周囲から見えるものですよ」
その言葉に、
アウレリアの胸が、わずかに揺れた。
「……そのようなことは」
「否定なさるのは、ご自由です」
管理官は、あくまで穏やかだ。
「ですが、我々から見れば……
もう十分、特別ですよ」
その後、彼はそれ以上何も言わず、席を立った。
残されたアウレリアは、しばらく動けなかった。
(……特別)
その言葉が、頭の中で反芻される。
(……そんなはず、ありません)
合理的な関係。
白い婚約。
互いに干渉しない。
そう、決めたはずだ。
なのに。
会議後、廊下を歩いていると、
カルディアが声をかけてくる。
「……疲れているな」
「……そう見えますか」
「ああ」
即答。
「今日は、これ以上入れるな」
「ですが――」
「判断は、私がする」
それだけ。
有無を言わせない口調だが、
そこに圧はない。
ただの、気遣い。
……当たり前になった気遣い。
(……皆さんの言うとおり、なのでしょうか)
その夜。
アウレリアは、部屋で一人、灯りを落としながら考えていた。
周囲の視線。
管理官の言葉。
(……私は、まだ何も変わっていない)
そう思いたかった。
だが。
(……変わっていないのは、
名前と形式だけ、かもしれません)
一方、カルディアもまた、
執務室で部下から言われていた。
「……公爵様、最近お優しいですね」
「何の話だ」
「アウレリア様への対応です」
即答で、眉が寄る。
「業務上の判断だ」
「ええ。
ですが……」
部下は、にやりと笑った。
「皆、そう言っております」
カルディアは、黙った。
反論しようとして、
言葉が見つからなかった。
――周囲の視線は、
もう十分に集まり始めている。
白い婚約は、
いつまでも“白いまま”では、
いられないのかもしれなかった。
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