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第26話 その関係を、続けますか
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第26話 その関係を、続けますか
ノルディス公爵領に、再び「静かなざわめき」が戻ってきた。
それは不安でも混乱でもない。
もっと曖昧で、しかし確かなもの――
変化を察した空気だった。
アウレリア・ローゼンベルクは、数日ぶりに執務館へ足を運んでいた。
足の打撲はすでに問題ない。
医師からも、日常業務への復帰は許可されている。
だが。
(……周囲の視線が、少し違いますわね)
廊下を歩くだけで、
使用人や管理官たちの視線が、
一瞬だけこちらを捉えて、すぐに逸れる。
詮索ではない。
だが、確実に“気づいている”。
(……隠せる段階では、なくなりました)
それは、覚悟していたことだった。
執務室に入ると、
すでにカルディア・ノルディスが待っていた。
「……体調は」
「問題ありません」
いつも通りのやり取り。
だが、彼の視線は、
以前よりも長く、
確かめるように彼女を見ていた。
(……気づいているのは、私だけではありません)
書類を広げ、業務に入る。
だが、今日は集中しきれなかった。
彼の言葉。
『失う方が、恐ろしい』
あれは、
白い婚約という枠組みの中では、
決して出てこない言葉だった。
(……公爵は、もう覚悟を決めてしまった)
それが、重く、そしてありがたかった。
昼前。
カルディアは、書類を閉じて口を開いた。
「……今日は、少し話がある」
その一言で、
業務の話ではないと、すぐに分かる。
「承知しました」
二人きりになるよう、
使用人が下がる。
静寂。
カルディアは、しばらく言葉を選んでいた。
そして、はっきりと言う。
「……白い婚約についてだ」
やはり、来た。
アウレリアは、背筋を正した。
「続けるか、
それとも――」
彼は、一瞬だけ言葉を切る。
「見直すか」
選択肢は、二つ。
続ける。
あるいは、終わらせる。
中途半端は、もう許されない。
「……先日の件で」
カルディアの声は、低く、静かだった。
「私は、自分の立場を逸脱した」
「……いいえ」
アウレリアは、即座に否定した。
「助けていただいただけです」
「違う」
彼は、はっきりと言った。
「助ける以上の行動だった」
そして、目を逸らさない。
「……私は、君に対して、
白い婚約という名目で、
距離を保てなくなっている」
それは、告白ではない。
だが、ほとんど同じ重さを持っていた。
「このまま続ければ、
周囲も、王宮も、黙ってはいない」
「……ええ」
アウレリアも、それは理解している。
「そして何より――」
カルディアは、言葉を続ける。
「君自身が、
この関係に、違和感を抱き始めている」
一瞬、胸が詰まる。
(……見抜かれています)
彼女は、嘘をつけなかった。
「……はい」
小さく、だが確かな返答。
「私は、この関係を、
安全で、合理的なものだと思っていました」
言葉を選びながら、続ける。
「ですが……
今は、それだけでは、足りないと感じています」
それを口にした瞬間、
胸の奥が、少しだけ軽くなった。
カルディアは、静かに頷く。
「……ならば、問う」
彼は、真っ直ぐに彼女を見る。
「君は、この関係を、
“白いまま”続けたいのか」
それとも。
「……変える覚悟があるのか」
選択は、
彼女に委ねられていた。
アウレリアは、目を閉じ、深く息を吸う。
(……私は)
王宮では、
常に選ばれる側だった。
求められ、使われ、
役割を押し付けられてきた。
だが、今は違う。
彼は、
選択を、彼女に預けている。
「……少しだけ」
アウレリアは、目を開けて言った。
「時間をください」
即答しない。
それは、逃げではない。
「軽い気持ちで、
変えていい関係ではありません」
「……そうだな」
カルディアは、否定しなかった。
「だが、期限は必要だ」
現実的な判断。
「次に、王都から正式な動きがあった時」
それは、そう遠くない未来だ。
「その時までに、
答えを聞かせてほしい」
アウレリアは、静かに頷いた。
「……承知しました」
白い婚約は、
今この瞬間、
仮の延命状態に入った。
選ばれるのを待つ関係ではない。
自分で選ぶための、猶予。
執務室を出た後、
アウレリアは回廊の窓辺に立った。
(……選択、ですか)
怖くないと言えば、嘘になる。
だが。
(……嫌ではありません)
誰かに求められ、
自分で選ぶ。
それは、
彼女が初めて手にした、
対等な関係だった。
一方、カルディアは、
一人になった執務室で、
深く息を吐いた。
(……委ねてしまったな)
だが、後悔はなかった。
彼女が選ばないのなら、
無理に縛る気はない。
それでも。
(……選ばれるなら)
その先を、
はっきりと見据える覚悟は、
すでにできていた。
白い婚約は、
問いへと姿を変えた。
答えが出るのは、
もうすぐだ。
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ノルディス公爵領に、再び「静かなざわめき」が戻ってきた。
それは不安でも混乱でもない。
もっと曖昧で、しかし確かなもの――
変化を察した空気だった。
アウレリア・ローゼンベルクは、数日ぶりに執務館へ足を運んでいた。
足の打撲はすでに問題ない。
医師からも、日常業務への復帰は許可されている。
だが。
(……周囲の視線が、少し違いますわね)
廊下を歩くだけで、
使用人や管理官たちの視線が、
一瞬だけこちらを捉えて、すぐに逸れる。
詮索ではない。
だが、確実に“気づいている”。
(……隠せる段階では、なくなりました)
それは、覚悟していたことだった。
執務室に入ると、
すでにカルディア・ノルディスが待っていた。
「……体調は」
「問題ありません」
いつも通りのやり取り。
だが、彼の視線は、
以前よりも長く、
確かめるように彼女を見ていた。
(……気づいているのは、私だけではありません)
書類を広げ、業務に入る。
だが、今日は集中しきれなかった。
彼の言葉。
『失う方が、恐ろしい』
あれは、
白い婚約という枠組みの中では、
決して出てこない言葉だった。
(……公爵は、もう覚悟を決めてしまった)
それが、重く、そしてありがたかった。
昼前。
カルディアは、書類を閉じて口を開いた。
「……今日は、少し話がある」
その一言で、
業務の話ではないと、すぐに分かる。
「承知しました」
二人きりになるよう、
使用人が下がる。
静寂。
カルディアは、しばらく言葉を選んでいた。
そして、はっきりと言う。
「……白い婚約についてだ」
やはり、来た。
アウレリアは、背筋を正した。
「続けるか、
それとも――」
彼は、一瞬だけ言葉を切る。
「見直すか」
選択肢は、二つ。
続ける。
あるいは、終わらせる。
中途半端は、もう許されない。
「……先日の件で」
カルディアの声は、低く、静かだった。
「私は、自分の立場を逸脱した」
「……いいえ」
アウレリアは、即座に否定した。
「助けていただいただけです」
「違う」
彼は、はっきりと言った。
「助ける以上の行動だった」
そして、目を逸らさない。
「……私は、君に対して、
白い婚約という名目で、
距離を保てなくなっている」
それは、告白ではない。
だが、ほとんど同じ重さを持っていた。
「このまま続ければ、
周囲も、王宮も、黙ってはいない」
「……ええ」
アウレリアも、それは理解している。
「そして何より――」
カルディアは、言葉を続ける。
「君自身が、
この関係に、違和感を抱き始めている」
一瞬、胸が詰まる。
(……見抜かれています)
彼女は、嘘をつけなかった。
「……はい」
小さく、だが確かな返答。
「私は、この関係を、
安全で、合理的なものだと思っていました」
言葉を選びながら、続ける。
「ですが……
今は、それだけでは、足りないと感じています」
それを口にした瞬間、
胸の奥が、少しだけ軽くなった。
カルディアは、静かに頷く。
「……ならば、問う」
彼は、真っ直ぐに彼女を見る。
「君は、この関係を、
“白いまま”続けたいのか」
それとも。
「……変える覚悟があるのか」
選択は、
彼女に委ねられていた。
アウレリアは、目を閉じ、深く息を吸う。
(……私は)
王宮では、
常に選ばれる側だった。
求められ、使われ、
役割を押し付けられてきた。
だが、今は違う。
彼は、
選択を、彼女に預けている。
「……少しだけ」
アウレリアは、目を開けて言った。
「時間をください」
即答しない。
それは、逃げではない。
「軽い気持ちで、
変えていい関係ではありません」
「……そうだな」
カルディアは、否定しなかった。
「だが、期限は必要だ」
現実的な判断。
「次に、王都から正式な動きがあった時」
それは、そう遠くない未来だ。
「その時までに、
答えを聞かせてほしい」
アウレリアは、静かに頷いた。
「……承知しました」
白い婚約は、
今この瞬間、
仮の延命状態に入った。
選ばれるのを待つ関係ではない。
自分で選ぶための、猶予。
執務室を出た後、
アウレリアは回廊の窓辺に立った。
(……選択、ですか)
怖くないと言えば、嘘になる。
だが。
(……嫌ではありません)
誰かに求められ、
自分で選ぶ。
それは、
彼女が初めて手にした、
対等な関係だった。
一方、カルディアは、
一人になった執務室で、
深く息を吐いた。
(……委ねてしまったな)
だが、後悔はなかった。
彼女が選ばないのなら、
無理に縛る気はない。
それでも。
(……選ばれるなら)
その先を、
はっきりと見据える覚悟は、
すでにできていた。
白い婚約は、
問いへと姿を変えた。
答えが出るのは、
もうすぐだ。
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