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第27話 もう戻れない場所
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第27話 もう戻れない場所
王都からの使者が到着したのは、雨の降る朝だった。
灰色の雲が低く垂れ込め、
ノルディス公爵領全体が、どこか重たい空気に包まれている。
「……王宮より、正式な通達です」
執事の声に、
アウレリア・ローゼンベルクは、自然と背筋を伸ばした。
(……来ましたわね)
覚悟はしていた。
白い婚約を続けるという選択肢が、
いつまでも許されるほど、
王宮は甘くない。
執務室には、カルディア・ノルディスも同席していた。
使者は、儀礼的な挨拶を終えると、
淡々と書状を読み上げる。
「――王宮は、
ノルディス公爵とアウレリア・ローゼンベルク嬢の関係について、
明確な説明を求める」
その場に、静寂が落ちる。
「形式上の婚約であるならば、
その継続理由と期間を提示せよ」
「もし、それ以上の関係であるならば――」
使者は、一拍置いた。
「王家として、正式な判断を下す必要がある」
要するに、
曖昧なままにしておくことは許さない、という通告だった。
「以上です」
使者は深く一礼し、
そのまま退室した。
残された二人は、
しばらく言葉を交わさなかった。
「……予想通りだな」
カルディアが、低く言う。
「ええ」
アウレリアも頷く。
「王宮は、曖昧さを嫌いますもの」
その直後だった。
「……もう一人、来訪者がいます」
執事の報告に、
アウレリアの胸が、わずかにざわつく。
「王太子アレクシオン殿下です」
――最後の悪あがき。
そう直感した。
応接室に現れたアレクシオンは、
以前よりもさらに疲弊した様子だった。
「……久しいな、アウレリア」
声に、余裕はない。
「ご用件は」
彼女の返答は、あくまで冷静だった。
「王宮からの通達は、聞いたはずだ」
「ああ」
アレクシオンは、苛立ちを隠さず言う。
「だからこそ、直接来た」
「……今なら、まだ戻れる」
その言葉に、
アウレリアは、静かに首を振った。
「戻る場所は、もうありません」
「……嘘だ」
彼は、声を荒げる。
「君は、王宮でこそ――」
「殿下」
はっきりと、言葉を遮った。
「私は、王宮で“役割”しか与えられていませんでした」
淡々とした声。
だが、その中には、
揺るがない決意があった。
「ここでは、
意見を求められ、
判断を委ねられ、
責任を持たせていただいています」
「それは……」
「それは、
“必要とされている”ということです」
アレクシオンは、言葉を失う。
「……君は、冷たくなった」
苦し紛れの一言。
アウレリアは、少しだけ微笑んだ。
「いいえ。
ようやく、自分を大切にできるようになっただけです」
それが、決定打だった。
アレクシオンは、何も言い返せなかった。
去り際、彼は振り返る。
「……後悔するな」
「後悔しません」
即答だった。
「なぜなら――」
一瞬、視線をカルディアに向ける。
「私は、ここで“選んで”いるからです」
その言葉を最後に、
王太子は去っていった。
完全な決別だった。
応接室に残された静寂の中で、
カルディアが口を開く。
「……心は、固まったか」
アウレリアは、迷いなく頷いた。
「はい」
胸の中に、
曖昧さはなかった。
「王宮に戻ることも、
白い婚約に逃げることも、
もう考えていません」
それは、
自分自身への宣言だった。
「私は……
ここにいたい」
カルディアは、しばらく彼女を見つめていた。
そして、静かに言う。
「……ならば、次は」
その先は、まだ言葉にしない。
だが、二人とも理解していた。
もう戻れない場所があり、
これから進む場所がある、ということを。
雨は、いつの間にか止んでいた。
雲の切れ間から差し込む光が、
ノルディス公爵領の石畳を照らす。
それは、
過去を洗い流し、
選ばれた未来を示す光のようだった。
王都からの使者が到着したのは、雨の降る朝だった。
灰色の雲が低く垂れ込め、
ノルディス公爵領全体が、どこか重たい空気に包まれている。
「……王宮より、正式な通達です」
執事の声に、
アウレリア・ローゼンベルクは、自然と背筋を伸ばした。
(……来ましたわね)
覚悟はしていた。
白い婚約を続けるという選択肢が、
いつまでも許されるほど、
王宮は甘くない。
執務室には、カルディア・ノルディスも同席していた。
使者は、儀礼的な挨拶を終えると、
淡々と書状を読み上げる。
「――王宮は、
ノルディス公爵とアウレリア・ローゼンベルク嬢の関係について、
明確な説明を求める」
その場に、静寂が落ちる。
「形式上の婚約であるならば、
その継続理由と期間を提示せよ」
「もし、それ以上の関係であるならば――」
使者は、一拍置いた。
「王家として、正式な判断を下す必要がある」
要するに、
曖昧なままにしておくことは許さない、という通告だった。
「以上です」
使者は深く一礼し、
そのまま退室した。
残された二人は、
しばらく言葉を交わさなかった。
「……予想通りだな」
カルディアが、低く言う。
「ええ」
アウレリアも頷く。
「王宮は、曖昧さを嫌いますもの」
その直後だった。
「……もう一人、来訪者がいます」
執事の報告に、
アウレリアの胸が、わずかにざわつく。
「王太子アレクシオン殿下です」
――最後の悪あがき。
そう直感した。
応接室に現れたアレクシオンは、
以前よりもさらに疲弊した様子だった。
「……久しいな、アウレリア」
声に、余裕はない。
「ご用件は」
彼女の返答は、あくまで冷静だった。
「王宮からの通達は、聞いたはずだ」
「ああ」
アレクシオンは、苛立ちを隠さず言う。
「だからこそ、直接来た」
「……今なら、まだ戻れる」
その言葉に、
アウレリアは、静かに首を振った。
「戻る場所は、もうありません」
「……嘘だ」
彼は、声を荒げる。
「君は、王宮でこそ――」
「殿下」
はっきりと、言葉を遮った。
「私は、王宮で“役割”しか与えられていませんでした」
淡々とした声。
だが、その中には、
揺るがない決意があった。
「ここでは、
意見を求められ、
判断を委ねられ、
責任を持たせていただいています」
「それは……」
「それは、
“必要とされている”ということです」
アレクシオンは、言葉を失う。
「……君は、冷たくなった」
苦し紛れの一言。
アウレリアは、少しだけ微笑んだ。
「いいえ。
ようやく、自分を大切にできるようになっただけです」
それが、決定打だった。
アレクシオンは、何も言い返せなかった。
去り際、彼は振り返る。
「……後悔するな」
「後悔しません」
即答だった。
「なぜなら――」
一瞬、視線をカルディアに向ける。
「私は、ここで“選んで”いるからです」
その言葉を最後に、
王太子は去っていった。
完全な決別だった。
応接室に残された静寂の中で、
カルディアが口を開く。
「……心は、固まったか」
アウレリアは、迷いなく頷いた。
「はい」
胸の中に、
曖昧さはなかった。
「王宮に戻ることも、
白い婚約に逃げることも、
もう考えていません」
それは、
自分自身への宣言だった。
「私は……
ここにいたい」
カルディアは、しばらく彼女を見つめていた。
そして、静かに言う。
「……ならば、次は」
その先は、まだ言葉にしない。
だが、二人とも理解していた。
もう戻れない場所があり、
これから進む場所がある、ということを。
雨は、いつの間にか止んでいた。
雲の切れ間から差し込む光が、
ノルディス公爵領の石畳を照らす。
それは、
過去を洗い流し、
選ばれた未来を示す光のようだった。
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