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第28話 覚悟の置き場所
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第28話 覚悟の置き場所
夜更けのノルディス公爵邸は、ひっそりと静まり返っていた。
灯りの落ちた回廊に、規則正しい足音だけが響く。
アウレリア・ローゼンベルクは、執務を終えたあとも、すぐに自室へ戻る気になれず、庭へと足を向けていた。
(……選んだ、とは言いましたけれど)
王宮を拒み、過去を断ち切り、
自分の意思で「ここにいる」と言った。
その事実は、揺らがない。
だが。
(……その先を、どうするのか)
白い婚約を続ける理由は、もうない。
同時に、白い婚約を終わらせる覚悟は、
まだ胸の奥で、言葉になりきっていなかった。
庭に出ると、夜気が肌を撫でる。
昼間の雨の名残で、空気は澄んでいた。
「……ここにいたか」
背後から、低い声がかかる。
振り返ると、
カルディア・ノルディスが、数歩離れた場所に立っていた。
「少し、考え事を」
「……私もだ」
それだけのやり取り。
二人は、並んで歩き始める。
以前なら、
沈黙は“業務の合間の静けさ”だった。
だが今は、
言葉にできない何かが、
その沈黙に満ちている。
「……王都の件」
先に口を開いたのは、カルディアだった。
「君が、はっきり拒んだと聞いた」
「はい」
アウレリアは頷く。
「後悔は、ありません」
「……そうか」
短い返事。
だが、その声には、
どこか安堵が混じっていた。
しばらく歩いた後、
カルディアが足を止める。
「……一つ、確認したい」
その声音に、
アウレリアは自然と背筋を伸ばした。
「君は、ここにいる理由を、
“仕事”だけだとは、もう思っていないな」
核心だった。
逃げ道のない問い。
「……はい」
否定はしなかった。
「仕事は、大切です。
ですが、それだけでは……」
言葉が、少しだけ詰まる。
「……それだけでは、説明できません」
カルディアは、目を伏せた。
そして、静かに息を吐く。
「……私もだ」
その一言は、
重く、確かなものだった。
「最初は、合理的な判断だった」
彼は、淡々と語る。
「君の能力を活かすため。
王宮から守るため。
それだけで、十分だと思っていた」
だが。
「……いつの間にか、
君が無事に帰るかどうかを、
確認するのが日課になった」
アウレリアの胸が、きゅっと締めつけられる。
「体調の変化に気づき、
無理をしていないか考え、
笑っているかどうかを見る」
「それは……」
白い婚約の、範囲ではない。
彼は、はっきりと続けた。
「……私は、
君を“守る対象”としてだけ、
見ていない」
その言葉に、
アウレリアは、思わず息を呑んだ。
「だが」
カルディアは、一歩踏みとどまる。
「それを、言葉にする資格があるのか、
今も迷っている」
彼は、彼女を見た。
逃げず、誤魔化さず、
だが、強要もしない視線。
「白い婚約は、
君を縛らないための選択だった」
「……ええ」
「それを壊すということは、
新たな責任を負うということだ」
彼の声は、低く、真剣だった。
「私は、公爵だ。
君の人生に、
軽い言葉で踏み込むことはできない」
その言葉に、
アウレリアは、胸がいっぱいになる。
(……この人は)
自分の立場も、
彼女の未来も、
同時に考えている。
「……公爵」
彼女は、ゆっくりと言葉を選んだ。
「私が恐れているのは、
選ぶことではありません」
彼の視線が、わずかに揺れる。
「選ばれなくなることでも、
責任を負うことでもない」
一拍、置いて。
「……選んだあと、
自分を失うことです」
それは、過去の王宮で味わった恐怖。
誰かの婚約者として、
誰かの役割として、
自分を薄くしていく感覚。
「……だから、慎重になっています」
カルディアは、静かに頷いた。
「……それでいい」
即答だった。
「君が、自分を失う選択なら、
私は、それを望まない」
その言葉は、
命令でも、説得でもない。
ただの、誓いだった。
二人の間に、
再び沈黙が落ちる。
だが、今度の沈黙は、
不安ではなかった。
夜風が、庭の木々を揺らす。
「……もう少しだけ」
アウレリアが、静かに言った。
「時間を、ください」
カルディアは、迷わず頷いた。
「……待つ」
その一言に、
覚悟の重さが宿っていた。
白い婚約は、
もはや“仮”ですらない。
それは、
次の言葉を待つ、静かな約束へと、
形を変えていた。
夜更けのノルディス公爵邸は、ひっそりと静まり返っていた。
灯りの落ちた回廊に、規則正しい足音だけが響く。
アウレリア・ローゼンベルクは、執務を終えたあとも、すぐに自室へ戻る気になれず、庭へと足を向けていた。
(……選んだ、とは言いましたけれど)
王宮を拒み、過去を断ち切り、
自分の意思で「ここにいる」と言った。
その事実は、揺らがない。
だが。
(……その先を、どうするのか)
白い婚約を続ける理由は、もうない。
同時に、白い婚約を終わらせる覚悟は、
まだ胸の奥で、言葉になりきっていなかった。
庭に出ると、夜気が肌を撫でる。
昼間の雨の名残で、空気は澄んでいた。
「……ここにいたか」
背後から、低い声がかかる。
振り返ると、
カルディア・ノルディスが、数歩離れた場所に立っていた。
「少し、考え事を」
「……私もだ」
それだけのやり取り。
二人は、並んで歩き始める。
以前なら、
沈黙は“業務の合間の静けさ”だった。
だが今は、
言葉にできない何かが、
その沈黙に満ちている。
「……王都の件」
先に口を開いたのは、カルディアだった。
「君が、はっきり拒んだと聞いた」
「はい」
アウレリアは頷く。
「後悔は、ありません」
「……そうか」
短い返事。
だが、その声には、
どこか安堵が混じっていた。
しばらく歩いた後、
カルディアが足を止める。
「……一つ、確認したい」
その声音に、
アウレリアは自然と背筋を伸ばした。
「君は、ここにいる理由を、
“仕事”だけだとは、もう思っていないな」
核心だった。
逃げ道のない問い。
「……はい」
否定はしなかった。
「仕事は、大切です。
ですが、それだけでは……」
言葉が、少しだけ詰まる。
「……それだけでは、説明できません」
カルディアは、目を伏せた。
そして、静かに息を吐く。
「……私もだ」
その一言は、
重く、確かなものだった。
「最初は、合理的な判断だった」
彼は、淡々と語る。
「君の能力を活かすため。
王宮から守るため。
それだけで、十分だと思っていた」
だが。
「……いつの間にか、
君が無事に帰るかどうかを、
確認するのが日課になった」
アウレリアの胸が、きゅっと締めつけられる。
「体調の変化に気づき、
無理をしていないか考え、
笑っているかどうかを見る」
「それは……」
白い婚約の、範囲ではない。
彼は、はっきりと続けた。
「……私は、
君を“守る対象”としてだけ、
見ていない」
その言葉に、
アウレリアは、思わず息を呑んだ。
「だが」
カルディアは、一歩踏みとどまる。
「それを、言葉にする資格があるのか、
今も迷っている」
彼は、彼女を見た。
逃げず、誤魔化さず、
だが、強要もしない視線。
「白い婚約は、
君を縛らないための選択だった」
「……ええ」
「それを壊すということは、
新たな責任を負うということだ」
彼の声は、低く、真剣だった。
「私は、公爵だ。
君の人生に、
軽い言葉で踏み込むことはできない」
その言葉に、
アウレリアは、胸がいっぱいになる。
(……この人は)
自分の立場も、
彼女の未来も、
同時に考えている。
「……公爵」
彼女は、ゆっくりと言葉を選んだ。
「私が恐れているのは、
選ぶことではありません」
彼の視線が、わずかに揺れる。
「選ばれなくなることでも、
責任を負うことでもない」
一拍、置いて。
「……選んだあと、
自分を失うことです」
それは、過去の王宮で味わった恐怖。
誰かの婚約者として、
誰かの役割として、
自分を薄くしていく感覚。
「……だから、慎重になっています」
カルディアは、静かに頷いた。
「……それでいい」
即答だった。
「君が、自分を失う選択なら、
私は、それを望まない」
その言葉は、
命令でも、説得でもない。
ただの、誓いだった。
二人の間に、
再び沈黙が落ちる。
だが、今度の沈黙は、
不安ではなかった。
夜風が、庭の木々を揺らす。
「……もう少しだけ」
アウレリアが、静かに言った。
「時間を、ください」
カルディアは、迷わず頷いた。
「……待つ」
その一言に、
覚悟の重さが宿っていた。
白い婚約は、
もはや“仮”ですらない。
それは、
次の言葉を待つ、静かな約束へと、
形を変えていた。
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