婚約破棄されたので白い婚約を選びましたが、いつの間にか本命になっていました

鷹 綾

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第29話 選んだ言葉

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第29話 選んだ言葉

 朝の光が、ノルディス公爵邸の中庭を照らしていた。

 雲ひとつない空。
 静かで、穏やかで――
 あまりにも、区切りに相応しい朝だった。

 アウレリア・ローゼンベルクは、早く目を覚ましていた。

(……今日は)

 理由は、はっきりしている。

 昨夜、
 カルディア・ノルディスに「待つ」と言われた。

 その言葉が、
 重くもあり、
 優しくもあり、
 何度も胸の中で反芻されている。

(……待たせている)

 だが、それは負担ではなかった。

 彼は、選択を奪わず、
 結論を急かさず、
 彼女自身が言葉を選ぶのを待っている。

 それが、どれほど尊いことか。

 身支度を整え、
 執務館へ向かう。

 廊下を歩く足取りは、
 いつもより少しだけ、ゆっくりだった。

 執務室の扉を叩く。

「……どうぞ」

 低い声。

 中に入ると、
 カルディアはすでに立って待っていた。

 机の上には、書類はない。
 今日は、仕事の話ではないのだと、すぐに分かる。

「……来てくれたな」

「はい」

 短い返事。

 だが、二人とも、
 この場が何を意味するのかを理解していた。

 沈黙。

 先に口を開いたのは、アウレリアだった。

「……昨夜、考えました」

 声は、落ち着いている。

「白い婚約を続けることも、
 終わらせることも、
 どちらも選べる状況で」

 彼女は、一歩だけ前に出る。

「私は……
 “選ばれる安全”よりも、
 “選ぶ責任”を取ると決めました」

 カルディアの視線が、わずかに揺れる。

「……その意味は」

「白い婚約を、終わらせます」

 はっきりとした言葉。

 逃げも、含みもない。

「そして――」

 一瞬、呼吸を整える。

「私自身の意思で、
 あなたと向き合います」

 告白という言葉は使わない。
 だが、それ以上に誠実な宣言だった。

 カルディアは、しばらく黙っていた。

 その沈黙は、
 考えているというより、
 感情を整えているように見えた。

 やがて、ゆっくりと口を開く。

「……私からも、話させてほしい」

「はい」

「私は、公爵として、
 常に最善を選んできた」

 低く、静かな声。

「合理性。
 責任。
 立場に相応しい距離」

「白い婚約は、
 そのすべてを守るための、
 正しい選択だった」

 だが。

「……正しさだけでは、
 守れないものがあると、
 君が教えてくれた」

 彼は、真っ直ぐに彼女を見る。

「私は、君を失う可能性を、
 一度でも想像した瞬間から、
 もう引き返せなくなっていた」

 その言葉に、
 アウレリアの胸が、強く脈打つ。

「だから――」

 カルディアは、一歩踏み出した。

「私は、
 白い婚約という名目を捨てる覚悟がある」

 それは、
 彼にとっても、大きな決断だった。

「君を、
 守る対象としてではなく」

 一拍置いて。

「……人生を共に選ぶ相手として、
 向き合いたい」

 それが、彼の選んだ言葉だった。

 告白だ。

 飾り気も、誇張もない。
 だが、逃げ場のない本音。

 アウレリアは、目を閉じた。

 王宮で失った自分。
 役割に押し潰されそうになった日々。

 そして、
 ここで取り戻した、自分自身。

(……この人となら)

 選ばれるのではなく、
 選び合う関係を、
 築けるかもしれない。

 目を開け、
 彼女は、はっきりと言った。

「……私も」

 声は、少し震えている。

「あなたとなら、
 自分を失わずに、
 歩けると思っています」

 それが、彼女の答えだった。

 白い婚約は、
 この瞬間、完全に終わった。

 代わりに生まれたのは、
 契約でも、義務でもない。

 選び合った関係。

 カルディアは、深く息を吐き、
 わずかに、表情を緩めた。

「……ならば」

 彼は、はっきりと言う。

「次は、正式な形で進めよう」

 それは、
 婚約のやり直しであり、
 同時に、未来への約束だった。

 アウレリアは、静かに頷く。

「はい」

 窓の外では、
 朝の光がさらに強くなっていた。

 選ばれた言葉。
 選ばれた未来。

 もう、白ではない。

 だがそれは、
 恐れる色ではなかった。


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