婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾

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第四話 小さな王女と、王宮の変わらない朝

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第四話 小さな王女と、王宮の変わらない朝

 

 翌朝の王宮は、驚くほどいつも通りだった。

 窓の外では庭師が低木を整え、回廊では侍女たちが静かに行き交う。朝食の香りが廊下に流れ、遠くで鐘が時を告げる。昨日の出来事が、まるで夢だったかのように、世界は何事もなかった顔をして動いていた。

 ——だからこそ、タナーは理解した。

 王宮は、変わらない。  人がどうなろうと、日常は続く。

 

「殿下、本日のご予定でございます」

 侍女が差し出す予定表を受け取り、タナーは小さくうなずく。

 読み書き。  礼法。  午後は音楽。

 どれも、王女として必要なものだ。不要だと思ったことは一度もない。けれど——

(これを ぜんぶ できても……)

(ここを でたら、なにも のこらない)

 その考えは、昨日よりもはっきりしていた。

 

 朝食の席には、第一王子も第二王子もいなかった。

 それ自体は珍しいことではない。鍛錬や私用で席を外すことは、これまでも何度もあった。だが、空いた椅子が並ぶ様子は、どこか落ち着かない。

「おにいさまたちは……?」

 何気なく尋ねると、侍女は一瞬だけ言葉に詰まった。

「第一王子殿下は、少しお疲れとのことです。第二王子殿下は……甘味を召し上がりすぎたとか」

 あくまで軽い口調。  深刻さは、ない。

「ましゅまろ?」

 タナーがそう言うと、侍女は苦笑した。

「ええ……」

 それ以上、話題は広がらなかった。

 

 午前の授業を終え、タナーは庭へ出た。

 いつも座る、あのベンチ。  日向で、風が心地よい。

 ぬいぐるみを膝に乗せ、ぼんやりと空を見上げる。

(ここは、すごく いい ところ)

(でも……)

 王宮は、居心地がいい。  けれど、それは「用意された居心地」だ。

 自分で作ったものではない。

 

 昼過ぎ、城内に小さなざわめきが広がった。

 騎士が慌ただしく行き交い、侍女たちがひそひそと声を落とす。

「……なにか、あったの?」

 タナーが尋ねると、侍女は一瞬だけ迷い、それから、できる限り穏やかな声で答えた。

「第一王子殿下が……お亡くなりになりました」

 言葉が、空気に落ちる。

「……え?」

 タナーは、すぐには理解できなかった。

「……どうして?」

「剣の鍛錬中に……驚かれることがあり、そのまま……心臓が……」

 言葉は選ばれていた。  責める対象も、原因も、ぼかされている。

 ——野良猫が、茂みから出てきただけ。

 その事実を、タナーは後から知る。

「……」

 胸が、ぎゅっと縮む。

 怖いというより、信じられないという感覚だった。

(ねこさん……なにも してないのに)

 

 その日の夕方、さらに知らせが届いた。

 第二王子が、亡くなったという。

「……え?」

 今度は、声が震えた。

「お食事の最中に……喉を詰まらせたそうです。マシュマロを……」

 あまりにも、日常的で、あまりにも、取り返しがつかない。

 ——甘いものが好きだった。  それだけの話だったはずなのに。

 

 夜。

 タナーは自室で、ぬいぐるみを強く抱きしめていた。

「……いっぺんに……」

 王宮は、静まり返っている。  泣き声も、叫び声もない。

 悲しみは、声を上げる前に、規則と儀礼に包み込まれた。

 第一王女と第二王女は、すでに他国の妃。  残るのは——自分。

 

 数日後。

 タナーは、正式に呼び出された。

 玉座の間。  大人たちが、ずらりと並ぶ。

「第三王女タナー」

 重々しい声が、響く。

「このたびの事態を受け、そなたを——次期王女とする」

 言葉の意味が、すぐには追いつかなかった。

「……わたし、ですか?」

「他に、適任はいない」

 それは、選択というより、結果だった。

 

 式典は簡素に行われた。

 誰も、陰謀だとは言わない。  誰も、疑問を口にしない。

 ただ、偶然が重なった。  それだけだ。

 ——けれど。

「……なんか」

 タナーは、心の中で思う。

「いんぼうの においが……」

 言葉にすると、少しだけ可笑しくて、少しだけ怖い。

 けれど、その「におい」は、すぐに霧のように消えた。

 何も起きない。  誰も動かない。  調査も、追及も、深まらない。

 ——王宮は、そういう場所だ。

 

 新しい立場。  新しい視線。

 それでも、タナーは変わらなかった。

 夜、自室でぬいぐるみを抱く。

「……やっぱり」

 小さく、決意する。

「わたしの ばしょは……わたしで つくらなきゃ」

 王女になったからこそ、確信した。

 王宮は、永遠ではない。  立場も、役割も、突然変わる。

 だからこそ——
 変わらない「自分の場所」が、必要だった。

 こうして、第一章は終わる。

 ほのぼのとした王宮の日常の中で、
 第三王女だった少女は、いつの間にか「次期王女」になり、
 そして静かに、王宮の外を見つめ始めていた。

 それが、ファンタジア王国に小さな風を起こすとも知らずに。
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