婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾

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第三十話 ハトが でてくる とけい

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第三十話
ハトが でてくる とけい
 数日後。
 タナーとアンダーソンは、再び王都の端にある時計工房を訪れていた。
 あの、こわい顔の職人――いや、今では「口は悪いけど腕のいいおじいさん」と認識が改まっている人物のもとだ。
「……来たか」
 扉を開けるなり、ぶっきらぼうな声が飛んでくる。
 工房の奥では、木屑と金属の匂いが混じり合い、カン、カン、と規則正しい音が響いていた。
 作業台の上には、あの鳩時計が置かれている。
 外箱は、柔らかな曲線を描く木枠。
 派手ではないが、温かみのある色合いだった。
「……かわいい です」
 タナーが、率直に言った。
「まだだ」
 職人は即座に返す。
「まだ“中身”ができてねぇ」
 そう言って、箱の前面に付いた小さな扉を指で弾いた。
「ハトは、ここから出る。
 だがな……」
 職人は、眉間に皺を寄せる。
「普通に出すと、うるせぇ。
 音も、動きも、主張が強すぎる」
「……びっくり します」
「だろ」
 タナーの言葉に、職人は短くうなずいた。
 工房の隅から、小さな木彫りの鳩を取り出す。
 羽はまだ仮留めで、色も塗られていない。
「……これが、ハトですか」
「そうだ」
 職人は鳩を手に取り、慎重に歯車の前へ置いた。
「時間になったら、扉が開いて、出る。
 それだけなら、簡単だ」
 そして、ちらりとタナーを見る。
「だが、おまえの言う
 “かわいい”ってやつは……
 簡単じゃねぇ」
 タナーは、少し考えた。
「……とびでなくて いい です」
「……は?」
「でてきて」
 タナーは、指で小さく空をなぞる。
「すこし だけ
 うごいて
 また もどる」
 職人は、目を見開いた。
「……飛ぶ、ってことか?」
「はい」
 一瞬、工房が静まり返る。
 次の瞬間。
「……無茶を言うな」
 そう言いながらも、職人の目は、明らかに光っていた。
「機構が複雑になる。
 失敗すりゃ、壊れるぞ」
「はい」
 タナーは、あっさり答える。
「こわれない よう に
 つくる ひと だから
 きました」
 その言葉に、職人は口を閉ざした。
 しばらくして、低く笑う。
「……ったく」
 木槌を持ち直し、作業台に向き直る。
「久しぶりだ。
 こんな、めんどくせぇ注文は」
 歯車を組み替え、振り子の長さを調整する。
 鳩を支える細い軸を、何度も測り直す。
 数時間後。
「……できたぞ」
 職人は、疲れた声で言った。
 鳩時計の前で、静かに針が進む。
 ――ちょうど、時刻。
 カチリ。
 小さな音とともに、扉が開いた。
 鳩が、ぴょこんと顔を出す。
「……!」
 タナーの目が、きらりと光った。
 次の瞬間。
 鳩は、羽をぱたぱたと動かし、
 箱の前で小さく一回転し、
 くるりと戻った。
 音は控えめ。
 動きは愛らしく、けれど騒がしくない。
 そして、すっと箱の中へ帰っていく。
 扉が、静かに閉まった。
「……」
 職人は、しばらく黙っていた。
「……どうだ」
 タナーは、ぱっと笑顔になった。
「びっくり しません」
「かわいい です」
「ちゃんと
 じかん です」
 その評価に、職人は鼻を鳴らした。
「……合格か」
「はい」
 タナーは、深くうなずいた。
 アンダーソンは、その様子を見て、静かに感心していた。
 ――この時計は、ただの飾りではない。
 けれど、主張しすぎることもない。
 生活の中に、そっと溶け込む道具。
「……魔法は?」
 アンダーソンが、念のため尋ねる。
 タナーは、首を横に振った。
「まだ です」
 職人が、ちらりと二人を見る。
「……魔法を使う前に、
 ちゃんと“形”を作る。
 それが筋ってもんだ」
 その言葉に、タナーはうれしそうにうなずいた。
 こうして――
 ハトが出てくる時計は、完成した。
 まだ、飛び回らない。
 まだ、特別な魔法もない。
 けれど、
 “かわいい時間”を知らせる準備は、
 確かに、整ったのだった。
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