婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾

文字の大きさ
31 / 45

第三十一話 ディディ・バトラーは、おちゃを いれます

しおりを挟む
第三十一話 テイデイ・バトラーは、おちゃをいれる

 最初に変わったのは、音だった。

 工房の奥に置かれた作業台。その上に腰かけるように座っていたクマの縫いぐるみが、ほんのわずかに布を擦らせた音を立てたのだ。

 それは、がさり、でも、ばさり、でもない。
 誰かが椅子を引いたときに鳴る、ごく自然な生活音だった。

 アンダーソンは、その音で顔を上げた。

「……今、動いたかい?」

 問いかけに答える者はいない。

 だが、次の瞬間、クマは立ち上がった。

 大きな体。だが威圧感はなく、丸い背中は少し前屈みで、まるで「すみません」と言いながら歩く人のようだった。クマは何も言わず、ただ静かに、棚の方へ向かう。

 タナーは、その様子を落ち着いた目で見ていた。

「……ちゃんと できてる」

「姫様、今のは……」

「テイデイ・バトラー です」

 タナーは、そう紹介した。

 クマは棚からティーポットを取り出した。持ち方は丁寧で、落とさない角度を正確に守っている。次に、カップを二つ。どちらも、少し前に完成した“冷めないティーカップ”だった。

 湯を沸かすため、クマはコンロの前に立つ。火を点ける。強すぎず、弱すぎない。適温になるまで待つ姿勢も、人と変わらない。

 アンダーソンは、思わず喉を鳴らした。

「……執事、ですな」

「ちがいます」

 タナーは即答した。

「この こ は
 つかえる ため に
 いる んじゃ ありません」

 クマが湯を注ぐ。音は静かで、跳ねもない。ポットを傾ける角度も一定だった。

「この こ は
 おちゃ を いれて
 かたづける だけ です」

 クマはティーカップをトレイに乗せ、テーブルへ運ぶ。トレイを置く位置も正確だった。ずれない。音を立てない。

 そして、何も言わない。

「……なるほど」

 アンダーソンは、深く頷いた。

「命令も、愛想も、期待もいらない。必要なことだけを、静かに行う存在……」

 クマは、使い終えたカップを回収すると、ゴム手袋を装着した。スポンジを取り、水を流し、丁寧に洗い始める。布の指先が、割れやすい縁に触れないよう、無意識に避けていた。

 タナーは、その様子を見ながら言った。

「ひと は
 “ありがとう” を
 きたい します」

「……ええ」

「でも
 この こ は
 きたい される と
 こわれます」

 洗い終えたカップを、クマは拭き、棚に戻す。最後に、作業台の周囲を軽く整え、元の場所へ戻った。

 そして、また座る。

 最初と同じ姿勢で。

 動きは止まったが、そこに「仕事が終わった」という空気だけが残った。

 アンダーソンは、しばらく言葉を失っていた。

「……姫様。これは……商品、ですか?」

「はい」

 タナーは頷いた。

「テイデイ・バトラー です
 おちゃ と
 やすらぎ を
 あつかいます」

「……売れるでしょうな」

「うれなくても
 いい です」

 タナーは、少しだけ微笑んだ。

「この こ が
 ここ に いる だけ で
 おみせ は
 ちゃんと
 おみせ に
 なります」

 工房の中には、静かな空気が戻った。

 テーブルの上には、まだ湯気の立つティーカップ。
 その横には、何も言わず、何も求めないクマの店員。

 ――おみせは、もう、完成していた。


---

次に進める候補です:

第32話:洗い物まで完璧。メイン商品確定

テイデイ・バトラー視点の日常回(短編)

ドール回との対比を強める調整


どれに行きますか?
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

ソロキャンする武装系女子ですが婚約破棄されたので傷心の旅に出たら——?

ルーシャオ
恋愛
ソロキャンする武装系女子ですが婚約破棄されたので傷心の旅に出たら——? モーリン子爵家令嬢イグレーヌは、双子の姉アヴリーヌにおねだりされて婚約者を譲り渡す羽目に。すっかり姉と婚約者、それに父親に呆れてイグレーヌは別荘で静養中の母のもとへ一人旅をすることにした。ところが途中、武器を受け取りに立ち寄った騎士領で騎士ブルックナーから騎士見習い二人を同行させて欲しいと頼まれる。 そのころ、イグレーヌの従姉妹であり友人のド・ベレト公女マリアンはイグレーヌの扱いに憤慨し、アヴリーヌと婚約者へとある謀略を仕掛ける。そして、宮廷舞踏会でしっかりと謀略の種は花開くことに——。

婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?

鶯埜 餡
恋愛
 バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。  今ですか?  めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?

下級兵士は断罪された追放令嬢を護送する。

やすぴこ
恋愛
「ジョセフィーヌ!! 貴様を断罪する!!」  王立学園で行われたプロムナード開催式の場で、公爵令嬢ジョセフィーヌは婚約者から婚約破棄と共に数々の罪を断罪される。  愛していた者からの慈悲無き宣告、親しかった者からの嫌悪、信じていた者からの侮蔑。  弁解の機会も与えられず、その場で悪名高い国外れの修道院送りが決定した。  このお話はそんな事情で王都を追放された悪役令嬢の素性を知らぬまま、修道院まで護送する下級兵士の恋物語である。 この度なろう、アルファ、カクヨムで同時完結しました。 (なろう版だけ諸事情で18話と19話が一本となっておりますが、内容は同じです)

裁判を無効にせよ! 被告は平民ではなく公爵令嬢である!

サイコちゃん
恋愛
十二歳の少女が男を殴って犯した……その裁判が、平民用の裁判所で始まった。被告はハリオット伯爵家の女中クララ。幼い彼女は、自分がハリオット伯爵に陥れられたことを知らない。裁判は被告に証言が許されないまま進み、クララは絞首刑を言い渡される。彼女が恐怖のあまり泣き出したその時、裁判所に美しき紳士と美少年が飛び込んできた。 「裁判を無効にせよ! 被告クララは八年前に失踪した私の娘だ! 真の名前はクラリッサ・エーメナー・ユクル! クラリッサは紛れもないユクル公爵家の嫡女であり、王家の血を引く者である! 被告は平民ではなく公爵令嬢である!」 飛び込んできたのは、クラリッサの父であるユクル公爵と婚約者である第二王子サイラスであった。王家と公爵家を敵に回したハリオット伯爵家は、やがて破滅へ向かう―― ※作中の裁判・法律・刑罰などは、歴史を参考にした架空のもの及び完全に架空のものです。

婚約破棄ですか?構いませんわ。ですがその契約、すべて我が家のものです

ふわふわ
恋愛
王太子ユリウスは、王立学園の卒業舞踏会で突然宣言した。 「カリスタ・ヴァレリオンとの婚約を破棄する!」 隣には涙を流す義妹ルミレア。 彼女は「姉に虐げられてきた可哀想な令嬢」を演じ、王太子はそれを信じてしまう。 だが――王太子は知らなかった。 ヴァレリオン公爵家が 王国銀行の資金、港湾会社の株式、商人組合の信用保証―― 王国経済の中枢を支える契約のほとんどを握っていたことを。 婚約破棄と同時に、カリスタは静かに言った。 「では契約を終了いたします」 その瞬間、王国の歯車は止まり始める。 港は停止。 銀行は資金不足。 商人は取引停止。 そしてついに―― 王宮大広間で王太子の公開断罪が始まる。 「私は悪くない!」 「騙されたんだ!」 見苦しく喚き暴れる王太子は、衛兵に取り押さえられ、床を引きずられるようにして連行されていく。 王太子、義妹、義父母。 すべてが破滅したとき、カリスタはただ静かに告げる。 「契約は終わりました」

「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです

ほーみ
恋愛
 「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」  その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。  ──王都の学園で、私は彼と出会った。  彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。  貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。

失踪していた姉が財産目当てで戻ってきました。それなら私は家を出ます

天宮有
恋愛
 水を聖水に変える魔法道具を、お父様は人々の為に作ろうとしていた。  それには水魔法に長けた私達姉妹の協力が必要なのに、無理だと考えた姉エイダは失踪してしまう。  私サフィラはお父様の夢が叶って欲しいと力になって、魔法道具は完成した。  それから数年後――お父様は亡くなり、私がウォルク家の領主に決まる。   家の繁栄を知ったエイダが婚約者を連れて戻り、家を乗っ取ろうとしていた。  お父様はこうなることを予想し、生前に手続きを済ませている。  私は全てを持ち出すことができて、家を出ることにしていた。

処理中です...