婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾

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第三十二話 れだけで、いいのです

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了解です。
ではそのまま続けます。


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第三十二話 れだけで、いいのです

 翌朝。

 工房の扉を開けた瞬間、アンダーソンは足を止めた。

 空気が、違った。

 昨日と同じ工房。配置も、道具も、何一つ変わっていない。
 それなのに、なぜか――**「もう出来上がっている場所」**の空気がしていた。

 理由はすぐに分かった。

 テーブルの上に、すでにティーカップが置かれていたからだ。

 湯気が、静かに立ちのぼっている。

「……」

 アンダーソンは、無言で視線を巡らせる。

 作業台の横。
 クマの縫いぐるみ――テイデイ・バトラーが、昨日と同じ姿勢で座っていた。

 動いていない。
 だが、「何もしていない」感じもしない。

 その存在は、朝の支度がすでに終わった部屋のそれだった。

「おはよう ございます」

 タナーが小さな声で言った。

「……おはようございます、姫様」

 アンダーソンは、そっと椅子に腰を下ろした。
 カップに手を伸ばす。

 温度は、ちょうどいい。
 昨日と変わらない。いや、昨日よりもわずかに――安心する温かさだった。

「……これは」

「かわりません」

 タナーは首を横に振った。

「きのう と
 おなじ です」

「……ですが、違う」

 アンダーソンは、そう言ってから苦笑した。

「“何かをしてもらっている”感じが、しないのですな」

 テイデイ・バトラーは、相変わらず動かない。

 だが、アンダーソンがカップを置くと、静かに立ち上がった。

 ゴム手袋をつける。
 スポンジを取る。
 水を流す。

 その一連の動作に、迷いはなかった。

 音も、最小限だった。

 タナーは、その様子を見ながら言う。

「この こ は
 “おしごと してます”
 って
 いわない です」

「……なるほど」

「だから
 つかれて ない よう に
 みえる です」

 洗い終えたカップは、丁寧に拭かれ、棚に戻された。
 位置は、昨日と一ミリも違わない。

 すべてが終わると、クマは元の場所に戻り、また座った。

 動きは止まる。

 だが、空間は整ったままだった。

「姫様」

 アンダーソンは、真剣な声で言った。

「これは……使用人でも、執事でもありませんな」

「はい」

「癒やしの道具……?」

「ちがいます」

 タナーは、少し考えてから答えた。

「いっしょ に
 いられる
 もの です」

 アンダーソンは、その言葉を反芻する。

「……一緒に、いる」

「なにか を
 して ほしい とき だけ
 ちかく に いる」

「命令されず、感謝も求めず、評価もいらない……」

「はい」

 タナーは、ゆっくり頷いた。

「だから
 ながく
 いられます」

 工房の外から、朝の街の音が聞こえる。
 荷車の音。
 人の声。

 そのすべてが、この工房の中では、少し遠かった。

「……姫様」

 アンダーソンは、深く息を吐いた。

「これは、主力商品になります」

「はい」

「値段は?」

「たかく します」

 即答だった。

「……理由を伺っても?」

「やすい と
 こきつかわれます」

 アンダーソンは、思わず笑った。

「確かに……」

「この こ は
 “だいじ に される ひと”
 の ところ に
 いく べき です」

 タナーは、テイデイ・バトラーを見た。

 クマは、何も言わない。
 ただ、そこにいる。

「この こ は
 “がんばり ません”」

 タナーは、静かに言った。

「がんばらなくて いい から
 そば に いられます」

 アンダーソンは、カップの中身を飲み干した。

 心なしか、胸の奥が軽かった。

「……姫様」

「はい」

「この店は、きっと……」

 言葉を選びかけて、やめた。

 代わりに、こう言った。

「長く、続きますな」

 タナーは、嬉しそうに頷いた。

「はい
 ゆっくり
 つづきます」

 工房の中には、今日も静かな時間が流れていた。

 テイデイ・バトラーは、もう動かない。
 だが、この場所は、確かに“整って”いた。

 ――それだけで、十分だった。


---

次は自然な流れとして:

第33話:開店前日/看板と準備

第33話:開店初日(最初のお客様)

あるいは短い間章(テイデイ・バトラーが何もしない時間)


どこへ進みましょうか?
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