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第二話 ご決断なさいますか?
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第二話 ご決断なさいますか?
時間をくれ、とおっしゃったのは殿下のほうでしたのに。
三日と待たず、再び呼び出しが届きました。
王宮の奥、陽の差し込む応接間。
窓辺には、例の未亡人――セレナ様の姿はございません。
よかった、と少しだけ思ったのは内緒ですわ。修羅場は趣味ではありませんもの。
エーヴェルハルト殿下は、机の前に立ったまま私を迎えました。
「来てくれたか、アーデルハイト」
「お呼びとあらば」
私は椅子に腰かけます。背筋は伸ばしたまま。視線は正面。声は穏やかに。
殿下は迷っているご様子でした。
普段なら即断即決なさる方ですのに、今日は言葉を選んでいらっしゃる。
「君に、誤解を与えたくない」
「誤解とは?」
「私は……セレナを守る。しかし、それは婚約とは別の話だ」
ああ。
まだ“両立”とお考えなのですね。
私は小さく瞬きしました。
「殿下」
「なんだ」
「守る、とは何を意味なさいますの?」
「何を、とは?」
「爵位の継承を認め、領地の統治を支え、側近を派遣なさった。それはすでに“個人的な支援”の域を越えておりますわ」
殿下の眉がぴくりと動きました。
「彼女には支えが必要だ」
「ええ。ですがその支えは、殿下ご自身の立場を用いてのものでございます」
私は、わざとゆっくりと続けます。
「王太子という地位は、殿下個人のものではございません」
空気が、少し冷えました。
殿下の声が低くなります。
「君は、私が私情で動いていると?」
「私情でないと仰るのであれば」
私は微笑みました。
「なおさら、選択なさるべきですわ」
「……選択?」
「はい」
逃げ道を、塞ぐ言葉。
「婚約は国家同盟でございます。そこに“別の守るべき存在”が生じたのであれば」
私は、静かに目を合わせました。
「どちらを優先なさるのか、明確になさる必要がございます」
殿下は黙り込みました。
きっと、ご自身でも気づいていらっしゃる。
中途半端が、一番の悪手だと。
「両立できるはずだ」
ようやく出た反論。
私は首をかしげます。
「両立とは、どちらも同じだけ守れる場合にのみ成立いたします」
「私は守れる」
「では、社交界の噂も?」
沈黙。
「議会の疑念も?」
さらに沈黙。
「公爵家への信用失墜も?」
殿下の視線が揺れました。
ええ、そうです。
“守る”とは、感情ではなく結果です。
私はとどめを刺します。
「私は立場上、婚約破棄を申し出ることはできません」
これは事実。
「ですが殿下がご決断なさるのであれば、止めはいたしません」
机の上の書類が、やけに重く見えました。
殿下の拳が、わずかに震えているのが見えます。
「……君は、本当に冷静だな」
「冷静でなければ、同盟は結べませんもの」
殿下は目を閉じました。
深く、深く息を吐きます。
「セレナを守る」
その言葉は、先日のような陶酔ではなく、覚悟を帯びていました。
「ならば、婚約は……解消しよう」
やっと、出ましたわね。
私は立ち上がり、ゆっくりと一礼いたしました。
「ご英断、痛み入ります」
声は揺れません。
涙も出ません。
殿下は、どこか安堵したような顔をなさっていました。
きっと、ご自身の正義を貫いたと思っていらっしゃるのでしょう。
けれど。
「殿下」
「まだ何かあるのか」
「契約条文に従い、違約金の精算をお願い申し上げます」
空気が止まりました。
「……今、言うのか?」
「はい。今すぐに」
甘さは、ここで断ち切るべきです。
殿下の顔色が、わずかに変わりました。
「そこまで徹底するのか」
「婚約は感情ではございません。契約でございます」
私は穏やかに告げます。
「殿下が守ると仰るのであれば、私は守られる立場を辞退いたします。代わりに、契約の履行を求めるのみ」
沈黙。
長い、長い沈黙。
やがて殿下は、かすかに笑いました。
「冷たいな、アーデルハイト」
「冷静でございます」
その瞬間、何かが完全に終わりました。
私はもう、婚約者ではありません。
そして殿下は、ご自身の意思で道を選ばれた。
守る、と言った男が。
これから何を失うのか。
まだ、誰も知らない。
ええ。
殿下ご自身も、まだご存じないでしょう。
――ここからが、本番でございますわ。
時間をくれ、とおっしゃったのは殿下のほうでしたのに。
三日と待たず、再び呼び出しが届きました。
王宮の奥、陽の差し込む応接間。
窓辺には、例の未亡人――セレナ様の姿はございません。
よかった、と少しだけ思ったのは内緒ですわ。修羅場は趣味ではありませんもの。
エーヴェルハルト殿下は、机の前に立ったまま私を迎えました。
「来てくれたか、アーデルハイト」
「お呼びとあらば」
私は椅子に腰かけます。背筋は伸ばしたまま。視線は正面。声は穏やかに。
殿下は迷っているご様子でした。
普段なら即断即決なさる方ですのに、今日は言葉を選んでいらっしゃる。
「君に、誤解を与えたくない」
「誤解とは?」
「私は……セレナを守る。しかし、それは婚約とは別の話だ」
ああ。
まだ“両立”とお考えなのですね。
私は小さく瞬きしました。
「殿下」
「なんだ」
「守る、とは何を意味なさいますの?」
「何を、とは?」
「爵位の継承を認め、領地の統治を支え、側近を派遣なさった。それはすでに“個人的な支援”の域を越えておりますわ」
殿下の眉がぴくりと動きました。
「彼女には支えが必要だ」
「ええ。ですがその支えは、殿下ご自身の立場を用いてのものでございます」
私は、わざとゆっくりと続けます。
「王太子という地位は、殿下個人のものではございません」
空気が、少し冷えました。
殿下の声が低くなります。
「君は、私が私情で動いていると?」
「私情でないと仰るのであれば」
私は微笑みました。
「なおさら、選択なさるべきですわ」
「……選択?」
「はい」
逃げ道を、塞ぐ言葉。
「婚約は国家同盟でございます。そこに“別の守るべき存在”が生じたのであれば」
私は、静かに目を合わせました。
「どちらを優先なさるのか、明確になさる必要がございます」
殿下は黙り込みました。
きっと、ご自身でも気づいていらっしゃる。
中途半端が、一番の悪手だと。
「両立できるはずだ」
ようやく出た反論。
私は首をかしげます。
「両立とは、どちらも同じだけ守れる場合にのみ成立いたします」
「私は守れる」
「では、社交界の噂も?」
沈黙。
「議会の疑念も?」
さらに沈黙。
「公爵家への信用失墜も?」
殿下の視線が揺れました。
ええ、そうです。
“守る”とは、感情ではなく結果です。
私はとどめを刺します。
「私は立場上、婚約破棄を申し出ることはできません」
これは事実。
「ですが殿下がご決断なさるのであれば、止めはいたしません」
机の上の書類が、やけに重く見えました。
殿下の拳が、わずかに震えているのが見えます。
「……君は、本当に冷静だな」
「冷静でなければ、同盟は結べませんもの」
殿下は目を閉じました。
深く、深く息を吐きます。
「セレナを守る」
その言葉は、先日のような陶酔ではなく、覚悟を帯びていました。
「ならば、婚約は……解消しよう」
やっと、出ましたわね。
私は立ち上がり、ゆっくりと一礼いたしました。
「ご英断、痛み入ります」
声は揺れません。
涙も出ません。
殿下は、どこか安堵したような顔をなさっていました。
きっと、ご自身の正義を貫いたと思っていらっしゃるのでしょう。
けれど。
「殿下」
「まだ何かあるのか」
「契約条文に従い、違約金の精算をお願い申し上げます」
空気が止まりました。
「……今、言うのか?」
「はい。今すぐに」
甘さは、ここで断ち切るべきです。
殿下の顔色が、わずかに変わりました。
「そこまで徹底するのか」
「婚約は感情ではございません。契約でございます」
私は穏やかに告げます。
「殿下が守ると仰るのであれば、私は守られる立場を辞退いたします。代わりに、契約の履行を求めるのみ」
沈黙。
長い、長い沈黙。
やがて殿下は、かすかに笑いました。
「冷たいな、アーデルハイト」
「冷静でございます」
その瞬間、何かが完全に終わりました。
私はもう、婚約者ではありません。
そして殿下は、ご自身の意思で道を選ばれた。
守る、と言った男が。
これから何を失うのか。
まだ、誰も知らない。
ええ。
殿下ご自身も、まだご存じないでしょう。
――ここからが、本番でございますわ。
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