『婚約破棄はお好きにどうぞ。――真実の愛に酔った王太子の末路と、私は隣国で王妃になります』

鷹 綾

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第十三話 隣国からの使者

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第十三話 隣国からの使者

 隣国ヴァルディアからの使節団が、王都に到着いたしました。

 華やかで、静かで、そして隙がない。

 馬車の装飾は過剰ではなく上品。護衛は最小限に見えて、実に精鋭。
 あら、ずいぶんと“慣れて”おりますわね。

 

「お嬢様、先触れによれば、国王陛下の直筆書簡を携えているとのことです」

 クララが囁きます。

「直筆、ですか」

 これは単なる婚約ではございませんわね。

 

 王宮の謁見の間は、いつもより張りつめておりました。
 エーヴェルハルト殿下も列席。セレナ様は本日は同席されておりません。

 使者は丁寧に一礼し、封蝋の施された書簡を差し出しました。

「ヴァルディア王、アルノルト陛下より」

 

 国王が封を解く。

 沈黙。

 

 そして、読み上げられる。

 ――公爵令嬢アーデルハイトとの婚約を、国として歓迎する。
 ――王国との友好関係は維持する。
 ――交易再編は双方協議の上で行う。

 

 友好。

 あら、上手でございますこと。

 

 私は静かに立っておりました。

 隣国は、感情では動かぬ。

 利で動く。

 

 議会席がざわつく。

 王太子の単独判断で解消された同盟。
 それを、隣国王は“敵対”ではなく“再編”と呼んだ。

 

 殿下の表情が、わずかに変わる。

 

 謁見が終わった後、私は中庭で使者と短く言葉を交わしました。

「陛下は、冷静なお方でございますね」

「陛下は、国を第一に考えられます」

 

 その返答は、穏やかで鋭い。

 

「私の立場は、どのように見えておりますか」

 あえて問いました。

 

 使者は一瞬、迷いなく答えます。

「橋でございます」

 

 橋。

 あら。

 

「橋は、渡られる存在でございますよ?」

「ええ。しかし、橋がなければ渡れませぬ」

 

 見事。

 嫌いではございませんわ。

 

 その日の夕刻、殿下が私のもとへ来られました。

「隣国は、巧妙だな」

「ええ」

 

「君を“対抗馬”にしなかった」

「対抗しても利がございませんもの」

 

 殿下は腕を組みます。

「私が同盟を解消しなければ、こうはならなかった」

「ええ」

 

 沈黙。

 

「後悔しているか、と問われれば?」

 

 私は少し考えました。

 

「後悔ではございません」

「……」

「ただ、殿下は賭けに出られた」

 

 恋という賭け。

 王位を担保に。

 

「私は、橋になる」

 私がそう言うと、殿下は目を細めました。

「橋か」

「壊されぬ限り、両国を繋ぎます」

 

 殿下は、わずかに笑います。

「君は、強いな」

「現実的でございます」

 

 夜。

 使節団は王都に滞在。

 商会との非公式会談も始まっております。

 議会の一部は、隣国との関係修復を歓迎。

 別の一部は、王太子の判断を再び蒸し返す。

 

 風向きが、また変わりつつある。

 

 セレナ様からも書簡が届きました。

 ――領地の施策が評価されたこと。
 ――噂が少し静まったこと。
 ――殿下が議会で毅然と立ったこと。

 

 守ると言った人は。

 いま、守るために立ち続けている。

 

 そして私は。

 橋としての役割を理解し始めている。

 

 恋ではなく。

 憎しみでもなく。

 

 国と国の間に立つ。

 

 中庭の夜風は、少し温い。

 星が静かに瞬いております。

 

 物語は、甘くはない。

 けれど。

 三流では、なくなってきましたわね。

 

 真実の愛があるかどうかは、存じません。

 けれど。

 真実の選択は、確かにここにあるのです。
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