『婚約破棄はお好きにどうぞ。――真実の愛に酔った王太子の末路と、私は隣国で王妃になります』

鷹 綾

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第十九話 婚約式の誓約

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第十九話 婚約式の誓約

 ヴァルディア王城の大広間は、王都とは趣が異なっておりました。

 豪奢さよりも秩序。

 華美よりも均衡。

 まるでこの国の在り方を、そのまま形にしたよう。

 

 三日前に初めて対面したアルノルト陛下は、今日も変わらぬ静かな威圧を纏っておられました。

 威圧と申しましても、力で押すものではなく――動かぬ岩のような存在感。

 

「アーデルハイト」

 

 名を呼ばれる。

 それだけで、場が締まる。

 

「本日より、あなたは我が国の未来に関わる」

 

 恋の甘い言葉ではございません。

 けれど、軽くもない。

 

「覚悟はございますか」

 

 私は一歩前へ出ました。

 

「覚悟は、すでに携えて参りました」

 

 違約金を基金に変え。

 王太子との関係を清算し。

 橋として立つと決めた、その日から。

 

 誓約は簡潔でした。

 互いの国益を尊重すること。

 交易の安定を守ること。

 王家の威信を損なわぬこと。

 

 “愛し合う”という文言は、ございません。

 

 けれど。

 誠実ではございました。

 

 

 式が終わり、祝宴が始まる。

 貴族たちの視線は冷静。

 値踏みではなく、評価。

 

「公爵令嬢は思ったより柔らかい」 「いや、芯が硬い」 「王は、よく選んだ」

 

 囁きが聞こえる。

 

 私は陛下に小さく問いました。

「満足でございますか」

 

 陛下は杯を傾けながら答える。

「満足ではない」

 

 あら。

 

「満足は停滞を生む」

 

 なるほど。

 

「では、合格でしょうか」

 

 陛下は横目で私を見る。

 

「橋は、今のところ揺れていない」

 

 及第点、といったところでしょうか。

 

 

 祝宴の最中、王都から急報が届きました。

 

 ――王太子補佐制度、正式施行。

 ――議会は王太子への信任を再確認。

 

 私は静かに息を吐きました。

 

 守ると言った人は。

 立ち続けた。

 

 恋に溺れた若者ではなく。

 王位を背負う者として。

 

 陛下が私の表情の変化に気づく。

「王国からか」

「ええ」

「心配か」

 

 私は首を振りました。

 

「必要はございません」

 

 橋は、どちらにも偏らぬ。

 

「あなたは冷静だ」

 

 陛下の声は低い。

 

「感情はございます」

「ほう」

「ただ、選ぶ順番を間違えぬだけでございます」

 

 陛下は小さく笑いました。

「面白い」

 

 

 夜。

 祝宴が終わり、静かな回廊を歩く。

 

 婚約は成立。

 王国との均衡も維持。

 基金は動き始める。

 

 物語は、ここで終わるはずがない。

 

 私は窓辺に立ち、ヴァルディアの夜景を眺めました。

 

 王太子エーヴェルハルトは、王位を守ると誓った。

 セレナ様は、彼を支えると誓った。

 

 私は。

 この国で何を誓うのか。

 

 橋として立つだけでなく。

 王妃となる未来。

 

 ロマンスは小説だけで充分。

 けれど。

 この国の王は、三流の芝居を好まない。

 

 育てる、と言った。

 

 愛を。

 信頼を。

 均衡を。

 

 私はゆっくりと息を吐きました。

 

 橋は、片側に立った。

 次は、根を張る番。

 

 真実の愛は、まだ芽吹いていない。

 けれど。

 真実の誓約は、確かに交わされたのです。
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