『婚約破棄はお好きにどうぞ。――真実の愛に酔った王太子の末路と、私は隣国で王妃になります』

鷹 綾

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第二十六話 王妃としての試練

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第二十六話 王妃としての試練

 王妃教育が始まって、ひと月が過ぎました。

 書類の山にも慣れ、外交の席にも自然に座れるようになり、城内の視線も「様子見」から「評価」へと変わりつつある。

 けれど。

 試練とは、慣れた頃に訪れるもの。

 

「お嬢様、南方の港町で小規模な暴動が」

 クララの声は落ち着いているが、内容は穏やかではございません。

「原因は?」

「交易再編による価格変動。旧来の仲介商が職を失う恐れがあると」

 

 あら。

 橋が広がれば、通れなくなる者も出る。

 均衡の影。

 

 私は即座に陛下の執務室へ向かいました。

 

「報告は受けている」

 アルノルト陛下は短く言う。

「鎮圧するか」

 

 私は首を振りました。

 

「鎮圧は、火に油でございます」

「では」

 

「話を聞きます」

 

 陛下の目が、わずかに動く。

「王妃候補自らか」

 

「橋が揺れたのであれば、橋が行くべきでございます」

 

 

 南方の港町は、王都とは違う匂いがいたしました。

 塩と魚と、湿った怒気。

 

「交易再編で我らは切り捨てられる!」

 

 怒声。

 

 私は護衛を最小限に抑え、前に立ちました。

 

「切り捨てません」

 

 ざわめき。

 

「基金は拡大でございます。新たな役割を用意いたします」

 

「役割だと?」

 

「物流監査と品質保証を担っていただきます」

 

 彼らは、これまで仲介を生業としてきた。

 ならば、その経験を別の形で活かす。

 

「収入は減る」

 

「初年度は補填いたします」

 

 静まり返る。

 

「ただし、透明性を守ること」

 

 条件は対等。

 

 数時間に及ぶ対話の末、暴動は鎮まりました。

 

 

 王城へ戻ると、陛下が静かに言いました。

 

「あなたは、武を使わなかった」

 

「武は最後の手段でございます」

 

「王妃として、どうだ」

 

 私は少しだけ考えました。

 

「疲れましたわ」

 

 陛下は、初めて声を出して笑った。

 

「正直だな」

 

 

 夜。

 王国からの報告。

 

 ――王太子、基金の監査体制強化を支持。
 ――王国内でも小規模な不満は鎮静化。

 

 守ると言った人は。

 いま、支え続けている。

 

 

 私は自室で鏡を見ました。

 

 かつての公爵令嬢。

 婚約破棄を受け、違約金を手にし、橋となった者。

 

 いまは、王妃候補。

 

 ロマンスは、小説だけで充分。

 

 けれど。

 現実の物語は、泥に足を踏み入れねば進まぬ。

 

 橋は、ただ架かるだけではない。

 通る者すべての重みを受け止める。

 

 そして私は。

 その重みを、初めて実感した。

 

 真実の愛は、まだ芽吹かぬ。

 けれど。

 真実の責任は、確かに胸に乗った。

 

 試練は、これで終わりではない。

 

 橋が広がれば、

 次は――

 王妃としての決断が、問われるのです。
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