『婚約破棄はお好きにどうぞ。――真実の愛に酔った王太子の末路と、私は隣国で王妃になります』

鷹 綾

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第二十九話 真実の愛の終幕

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第二十九話 真実の愛の終幕

 王妃就任から間もなく。

 王国から、ひとつの知らせが届きました。

 

 ――王国議会、王太子の権限を一部制限。

 ――伯爵夫人の領地運営に監査が入る。

 

 あら。

 ついに、でございますわね。

 

 

 エーヴェルハルト殿下は、私との婚約破棄後も王太子の座にとどまっておりました。

 感情で動いた代償は、既に支払っている。

 議会の監視。

 信頼の回復。

 

 だが。

 真実の愛は、政治と共存できるほど甘くはない。

 

 

 セレナ・ヴァルトブルク伯爵夫人。

 若く、美しく、そして賢い未亡人。

 

 彼女は、王太子の後ろ盾を得て爵位と領地を守った。

 けれどその代償として、世間の疑念を一身に受けた。

 

 ――王太子を誑かした。

 ――遺産目当て。

 ――サキュバスに憑かれている。

 

 噂は残酷。

 

 

 王妃としての私に、王国から正式な訪問依頼が届く。

 交易協議の名目。

 実際は――

 火消し。

 

 

 王都へ入ったとき、空気は重かった。

 

 エーヴェルハルト殿下は、以前よりも痩せて見えた。

 

「久しいな」

 

「ご健勝で何よりでございます」

 

 形式的な挨拶。

 

 

 協議の席で、彼は言う。

 

「噂は誇張だ」

 

「噂は、真実を求めて生まれます」

 

「彼女は利用していない」

 

 私は静かに返す。

 

「殿下もまた、利用していないとお思いで?」

 

 沈黙。

 

 彼は言葉を失う。

 

 

 その夜、私はセレナ様と対面した。

 

「王妃様」

 

 彼女は深く頭を下げる。

 

「私、間違えましたでしょうか」

 

 震える声。

 

「愛は間違いではございません」

 

 私は答える。

 

「ただし、立場を越えるときは、覚悟が必要でございます」

 

 

 彼女は涙を堪えた。

 

「殿下は、私を守ると」

 

「守ることと、支えることは違います」

 

 静かな言葉。

 

 

 数日後。

 王国議会が最終決議を下す。

 

 ――伯爵領は独立運営。

 ――王太子の関与を排除。

 

 関係は、政治的に断ち切られた。

 

 

 エーヴェルハルト殿下は、私に言った。

 

「私は彼女を愛した」

 

「存じております」

 

「だが国を揺らす愛は、許されぬのだな」

 

 私は静かに頷く。

 

「ロマンスは小説だけで充分でございます」

 

 

 彼は、苦笑した。

 

「君は変わらないな」

 

「ええ」

 

 私は変わらない。

 ただ、立場が変わっただけ。

 

 

 王都を離れる馬車の中で、私は思う。

 

 真実の愛。

 

 それは否定しない。

 だが、現実は別。

 

 セレナ様は領地を守る。

 王太子は王太子であり続ける。

 

 そして私は。

 王妃として国を支える。

 

 

 物語の三流ロマンスは、静かに幕を下ろした。

 

 だが。

 終幕のあとの余韻は、まだ残る。

 

 風は止まらない。

 橋も、柱も、常に揺れる。

 

 そして私は。

 次の揺れを見据えているのです。
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