『婚約破棄はお好きにどうぞ。――真実の愛に酔った王太子の末路と、私は隣国で王妃になります』

鷹 綾

文字の大きさ
29 / 31

第三十話 揺らぎの果てに

しおりを挟む
第三十話 揺らぎの果てに

 王国から戻った翌朝。

 ヴァルディアの空は、ひどく澄んでおりました。

 まるで何事もなかったかのように。

 

 けれど、私は知っている。

 静かな空の下ほど、水面は深く揺れている。

 

 

「王妃様」

 執務室で、財務長が一礼する。

「王国の政局不安により、一部商会が資金引き揚げを検討しております」

 

 あら。

 余波、ですわね。

 

 王太子と伯爵夫人の関係は政治的に断たれた。

 だが疑念は残る。

 王国の安定性を疑う声が、商人たちの間に広がっている。

 

 

 アルノルト陛下が言う。

 

「放置すれば連鎖する」

 

「ええ」

 

「どう止める」

 

 私は一枚の書簡を差し出す。

 

「公開声明を」

 

 陛下が目を通す。

 

 ――ヴァルディアは王国との基金を継続する。
 ――両国の制度は安定している。
 ――交易は政治と切り離して管理される。

 

 

「大胆だな」

 

「曖昧さが不安を生みます」

 

 明確に言い切る。

 

 

 声明は即日発表された。

 市場は一瞬揺れ、そして落ち着く。

 

 だが。

 ひとつ、想定外の動きがあった。

 

 

 王国内で、反王太子派が勢力を拡大。

 “愛に溺れた王太子”という印象が、武器にされている。

 

 私は、書簡を読み終え、深く息を吐いた。

 

「殿下は、まだ戦っておられるのですね」

 

 

 夜。

 陛下が言う。

 

「あなたは心配か」

 

「いえ」

 

 嘘ではない。

 だが、無関心でもない。

 

「王国が崩れれば橋も揺れます」

 

「それだけか」

 

 私は、少しだけ沈黙。

 

「……それだけでございます」

 

 

 数日後。

 王国から正式な依頼。

 

 ――王太子、公開演説にて交易継続を宣言。

 ――ヴァルディア王妃の出席を希望。

 

 あら。

 舞台、ですわね。

 

 

 王都の広場。

 人々が集まる。

 

 エーヴェルハルト殿下は、以前より落ち着いた顔で立っていた。

 

「私は、私情で国を揺らした」

 

 ざわめき。

 

「だが、橋は守る」

 

 明確な言葉。

 

「交易は未来だ」

 

 そして、私の名を挙げる。

 

「彼女は、正しかった」

 

 

 視線が私に向く。

 

 私は前に出る。

 

「ロマンスは小説だけで充分でございます」

 

 わずかな笑い。

 

「現実は、責任でございます」

 

 拍手が広がる。

 

 

 演説後。

 彼は私に言った。

 

「これで、少しは借りが返せたか」

 

「借りなどございません」

 

「そうか」

 

 彼は笑った。

 もう未練の色はない。

 

 

 ヴァルディアへ戻る馬車の中。

 

 真実の愛は、終わった。

 だが、未熟な王太子は、少し成熟した。

 

 それでよい。

 

 私は王妃。

 彼は王太子。

 

 それぞれの場所で、責任を果たす。

 

 

 橋は揺れた。

 だが崩れなかった。

 

 物語は、終盤へ。

 

 次に問われるのは、愛ではない。

 王妃としての――

 最終の決断。

 

 風は収まりつつある。

 けれど。

 最後の波が、まだ遠くでうねっているのです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おかしくなったのは、彼女が我が家にやってきてからでした。

ましゅぺちーの
恋愛
公爵家の令嬢であるリリスは家族と婚約者に愛されて幸せの中にいた。 そんな時、リリスの父の弟夫婦が不慮の事故で亡くなり、その娘を我が家で引き取ることになった。 娘の名前はシルビア。天使のように可愛らしく愛嬌のある彼女はすぐに一家に馴染んでいった。 それに対してリリスは次第に家で孤立していき、シルビアに嫌がらせをしているとの噂までたち始めた。 婚約者もシルビアに奪われ、父からは勘当を言い渡される。 リリスは平民として第二の人生を歩み始める。 全8話。完結まで執筆済みです。 この作品は小説家になろう様にも掲載しています。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・グレンツェ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

虚弱で大人しい姉のことが、婚約者のあの方はお好きなようで……

くわっと
恋愛
21.05.23完結 ーー 「ごめんなさい、姉が私の帰りを待っていますのでーー」 差し伸べられた手をするりとかわす。 これが、公爵家令嬢リトアの婚約者『でも』あるカストリアの決まり文句である。 決まり文句、というだけで、その言葉には嘘偽りはない。 彼の最愛の姉であるイデアは本当に彼の帰りを待っているし、婚約者の一人でもあるリトアとの甘い時間を終わらせたくないのも本当である。 だが、本当であるからこそ、余計にタチが悪い。 地位も名誉も権力も。 武力も知力も財力も。 全て、とは言わないにしろ、そのほとんどを所有しているこの男のことが。 月並みに好きな自分が、ただただみっともない。 けれど、それでも。 一緒にいられるならば。 婚約者という、その他大勢とは違う立場にいられるならば。 それだけで良かった。 少なくとも、その時は。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...