殉愛の檻

けふ

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本編

英雄の墜落

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 窓のない馬車が、重々しい鉄門をくぐる振動が伝わってきた。

 シオン・ヴァルハルトは、冷たい座席に深く背を預けた。視界は厚い目隠しで遮られ、手首には魔導の力を吸い上げる銀の枷が食い込んでいる。かつて数万の兵を率いた英雄の右腕は、今や鉄の冷たさに震えるばかりだ。鼻腔を突くのは、古びた鉄の錆びた匂いと、どこかから漂う湿った冬の土の気配。

「……ここが、俺の墓場か」

 掠れた声で呟いた。かつての部下たちによる罵声も、民衆から投げつけられた石の痛みも、今はもう遠い。帝国軍将軍の地位を剥奪され、反逆の罪を着せられた男に残されたのは、死刑執行までの僅かな猶予――のはずだった。

 だが、馬車が止まり、扉が開かれた瞬間に流れ込んできたのは、死臭ではなく、むせ返るほどに甘い青薔薇の香気だった。

 荒っぽく腕を掴まれ、引きずり出される。目隠しを剥ぎ取られた瞬間、白亜の邸宅の眩い光がシオンの網膜を灼いた。

「閣下。……ようやく、お迎えに上がれました」

 低く、耳朶を震わせる声。シオンは瞬きを繰り返し、涙に滲む視界の先を凝視した。

 そこに立っていたのは、軍服の飾緒を誇らしげに揺らす男――ギルバート・レインだった。
 かつて、戦場の泥濘の中でシオンが拾い上げ、名前を与えた少年。細かった肩は逞しくなり、怯えていた灰色の瞳は、今や獲物を追い詰める捕食者のそれへと変貌している。

「……ギル、バート……」
「その名で呼んでいただけるのも、今日が最後かもしれませんね」

 ギルバートは歩み寄り、シオンの頬をそっとなぞった。その指先は驚くほど熱く、同時にひどく震えている。
 シオンは咄嗟に身を引こうとしたが、銀の枷が魔力を吸い上げ、全身の力が抜けてギルバートの胸へと崩れ落ちた。

「お前、その軍服は……。なぜ、貴族院の連中がお前をここに……」
「彼らには、十分な『対価』を払いました。あなたの命を買い取るためだけに、私は泥水を啜り、死体を積み上げてきた」

 耳元で囁かれる言葉は、愛の告白というにはあまりに重く、呪いに似ていた。
 ギルバートはシオンの項、かつて彼が「自由であれ」と何も刻まなかった真っ白な肌に、熱い唇を押し当てた。

「かつてのあなたは、私に自由をくださった。ですが閣下、自由など、私には猛毒でしかなかった。私が欲しかったのは、あなたに繋がれる鎖だけだったのだから」

 ギルバートの手が、シオンの項を強く圧迫する。そこには、軍の最高機密であるはずの「独自の隷属刻印」が、淡い光を放ち始めていた。 

 シオンの脳裏を過ぎる。なぜ、あの日、機密情報は漏洩したのか。なぜ、自分は身に覚えのない罪を認めるしかなかったのか。
 ギルバートの灰色の瞳に宿る、狂気にも似た歓喜を見た瞬間、シオンの背筋に氷のような戦慄が走った。

「まさか……お前が、仕組んだのか」

 ギルバートは答えない。ただ、慈しむように、壊れ物を扱うような手つきで、シオンの短く刈り上げられた髪に指を通した。

「ようこそ、私の聖域へ。ここにはもう、あなたを貶める敵も、あなたを使い潰そうとする祖国もありません。ただ、私を愛し、私に愛されるためだけの時間が流れる」 

 ギルバートは、力なく項垂れるシオンを軽々と横抱きに抱え上げた。
 英雄の誇りが、かつての部下の腕の中で音を立てて崩れていく。

 白亜の邸宅の奥、窓を板で打ち付けられた「鳥籠」へと向かう廊下で、ギルバートは恍惚とした表情で微笑んだ。

「大丈夫ですよ、閣下。……あなたのことは、私が一番よく知っています。あなたは責任感が強く、そして何より――情に脆い」

 その一言が、シオンの心にどんな刃よりも深く突き刺さった。
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